第6話「救出と新たな仲間」
惑星解放戦線カラドック基地ユーダリル。谷に建設された反乱勢力の基地であり、攻撃能力はもちろん、地上軍を相手にした防衛能力も持つ立派な要塞基地である。
しかし、低空飛行する宇宙船を相手にするのはさすがに想定していなかった。
「対空砲が聞かないだと!?」
「あ、当たり前です……! 宇宙船を相手にするには威力が小さすぎます……!」
「であればミサイルだ! 対軌道兵器用のものであれば十分な威力を発揮する!」
「しかし……あれは打ち上げるものです! ミサイルを直撃させるには相手の高度が低すぎます!」
『はっはっは! どうだ! 手も足も出ないだろ~!』
「この不愉快な通信をどうにかして切るんだッ!」
「無理です! 現在発信源を特定中です!」
指令室は混乱を極めていた。
ゆっくりではあるが基地に向かって進んでいる宇宙船……ダッフル・ベッセルに向け、対空砲を撃ち込んでいるが効果はほぼない。戦闘機を相手にする武器なのだから、その何十倍の大きさのある宇宙船を相手にしても煤を付けるくらいの影響しかなかった。
そして当のダッフル・ベッセル艦内では、操縦席に座るベルが静かに怒り狂っていた。
それもそのはず。少しでも操作を間違えれば谷に激突し、高度を間違えれば不時着、あるいは谷そのものを破壊して船ごと埋まってしまう。
"普通"なら、こんな操縦は要求しない。
「艦長はいつか殺す」
ベルは小さくそう何度も呟きながら操縦に専念していた。
それを後方で見つめるのはハンフリーとダミアン。食料管理士と航法士。どちらも今できる仕事はなく、ただ時間が過ぎるのを待っているだけであった。
「リースさんとポーラさんはシステム面での操縦のサポート。リトアさんは各装甲のチェック。艦長とトビーさんは行方不明。僕たち、一体なにやってるんでしょうね……」
「知るか! トニアめ……またワケの分からない作戦立てやがって……!」
「ハンフリーさんも怒ってる……。あ、基地っぽいのが見えてきましたよ」
「……ったく。これ給料出るんだろうな……」
再び基地ユーダリル、指令室にて。
混乱に乗じて指令室に入り込んだルコッタは、銃口を彼女の父、ロランに向けていた。
「……幹部の私に銃を向けるとは、なかなか大した度胸だな。ルコッタ」
ロランはメインモニターに向かったまま動かず、ルコッタはその後ろから背中を狙っていた。周囲の構成員はルコッタに銃口を向け、硬直状態が続く。
「わ、私は……あなたの部下じゃない……!」
「だがお前は私の娘だ。今お前が相手にしているのは、お前の父親であり、お前より偉い立場の人間だ。分かるだろう?」
ルコッタ手は震えているが、確かにロランに狙いを定めている。皮肉にも、その銃の腕はロラン自身が訓練したものであり、彼も認めている。
その時、通信が入り、ロランの手元の装置が点滅する。
「う、動かないで!」
「……お前に私は撃てない」
ロランは点滅するボタンを押し、通信を開く。
「どうした」
『はっ。基地内を捜索したところ、先の通信の発生源が判明しました。貨物倉庫です』
「ふっ、そうか。人を集め、制圧しろ」
『了解!』
「ははは。聞こえているか、トニアとかいう女! お前の居場所は特定した。大人しくしてるんだな」
『ああ~、バレちゃったか~。いやぁ、困ったなぁ』
「ルコッタ、お前もそろそろ理解しろ。どうやらあの妙な船はお前を探しているらしいが、それもここまでだ。お前の行動は無駄だ、と」
「……ッ」
通信を終えたロランは振り返り、ゆっくりとルコッタの方へ真っすぐ進んで行く。ルコッタは銃のトリガーに指をかけるが、力は入らない。
そしてロランはルコッタの目の前まで進み、銃を掴む。
「撃てるはずがない。私はお前に人の撃ち方を教えた。だが……父親の撃ち方は教えていない」
「っ!」
ロランは掴んだ銃を取り上げ、それをルコッタに向ける。
悔しそうな表情をするルコッタ。それを見下ろすロラン。
「私は……ここから出て行く……! そう決めた……ッ! 私には別の道がある!」
「無い。お前は私と同様、この不平等に満ちた宇宙を変えるべく、敵と戦うのだ」
「私はそんなの望んでない!」
「お前の意思など関係ない! 私が決めた。このために育てた」
周りにいた構成員に取り押さえられ、ルコッタは拘束される。しかしロランの顔は睨みつけたままだった。
「その反抗的な目。母親にそっくりだな。コイツは人質とする。一先ずどこかに放り込んでおけ」
「了解しました」
老いた声の構成員はそう返事をし、もう一人の構成員と共にルコッタを連れて指令室を出て行く。
「ふん。構成員の高齢化も問題か。まあいい。ルコッタを捕らえたことをあの船と、基地全体に伝えろ。そうすれば止まるだろう」
「了解」
ロランは椅子に座り、一息つく。これであの船の問題は解決する。そう確信した。
すると再び通信が入り、ランプが点滅する。
「倉庫の制圧は終わったか」
「は、はあ……そ、それが……」
「どうした。まさか苦戦しているのか?」
「いえ、その、倉庫の制圧は完了した……のですが……。誰も居ません」
「誰も居ない? そんなはずはない。あの通信は倉庫内から発信されていたのだろう?」
「それが……。倉庫内にこのような装置が……」
するとロランの前のモニターに映し出されたのはアンテナの修理部品……ではなく、修理部品にそっくりな何かの装置だった。
「これは……?」
「映像が発信されていたのは、この装置からでした。どうやら、あらかじめ録音された音声を自動で送信していたようで……。基地のジャックもこの機械が自動で行っていたようです」
「録音? そんなはずがないだろう! あの通信は相互通信ができていた。私はこの場でトニアとかいう女と会話を……会話を……」
ロランは今までの音声を思い出す。確かに、あのトニアと名乗った通信相手はこちらに通信を飛ばしていた。煽られもした。
しかし、それが会話であるとは思えなかった。定期的に飛んでくる音声でしかなかった。
「あれがすべて録音だと……!?」
『そろそろ気づいた頃かな? これはルコッタちゃんの荷物に紛れさせてそっちに送った、私からのプレゼントだったのさ~』
「ッ!」
再び基地の中に通信が響き渡る。確かに映像に映る装置から出ている信号だった。
「コケにしおって……ッ! 破壊しろ!」
『あ、最後に一つ。この装置を無理に壊そうとすると……』
その通信がすべて流れ終わる前に、装置に向けて無数の銃弾が放たれた。
その直後、重い重低音が基地を包み込み、すべての機器装置の電源が落ちた。
「な、なんだ!?」
「EMP波です! 基地中の機器がダウンしました! ……あの倉庫の装置から発せられたものかと思われます!」
明かりのなくなった指令室に構成員の焦った声が聞こえる。それまで聞こえていた通信音や機械音がなくなり、一時は静寂に包まれる。
「っ! ルコッタは! あいつと、あいつを連れて行った構成員はどこへ行った!?」
「さっきのですか……? そういえば見覚えのない顔だったような……。あ! か、格納庫から小型戦闘機が飛び出しました!」
「なんだと!? 許可してないぞ!」
外部カメラとの通信もできず、ロランは仕方なく窓際へと行き、格納庫のある方角を見る。
その小型戦闘機はフラフラと飛行したかと思うと、その場に静止していたダッフル・ベッセルの甲板に降り立った。
「に、逃げられた……!?」
「ロラン様! 通信が復活します!」
指令室の明かりがつき、各機器の光も元に戻る。それと同時に、ダッフル・ベッセルから映像通信が入り、例にも漏れず自動でメインモニターに映し出される。
そこには先ほどルコッタを連れて行った二人の構成員と、そのルコッタが映っていた。二人の構成員はかぶっていたヘルメットを取って、笑顔を見せる。その二人とは、トニアとトビーだった。
『はっはっは! 改めて、はじめまして! 私こそが、このダッフル・ベッセルの艦長、トニア・L・バースルさ~! ルコッタちゃんは返してもらったので、あとは帰るね~』
基地内部から通信をする侵入者。そして近づいてくる宇宙船。この二つに気を取られ、構成員に変装した侵入者という可能性を考えていなかったロラン。
完全に出し抜かれたロランは顔を真っ赤にし、メインモニターに向かって叫び散らす。
「こ、このまま無事に帰すとでも思ったか!!? 人の娘を奪い、我々を侮辱までして……!」
『自分の娘の人生を奪おうとした人が何を言っているのやら。そもそもあんた達の組織を侮辱した覚えはないし……』
「黙れッ! クソ! お前らの目的はなんだと言うのだ!」
『それは最初に言ってあるでしょ。ルコッタちゃんを連れ戻すこと。それだけだよ』
「それが何の得になると言うのだ!」
『得とかじゃないって。この子は私たちの仲間。もう既にダッフル・ベッセルの船員、仲間だからね。仲間を助けるのは当然よ!』
『ちょ、トニアさん! ひっつかないでください!』
トニアはルコッタに抱き着く。しかしすぐに画面外から現れたポーラに耳を掴まれ、画面内から退場させられる。そしてそのまま通信は終了した。
「な、なんだと言うのだ……。あの連中は……」
状況の理解ができないロランの足から力が抜け、彼はその場に崩れ落ちたのだった。器用に引き返していくダッフル・ベッセルに対して攻撃をする指示も出さず、ただ眺めることしかしなかった。
「さて、向こうが戦意消失しているうちにこの星からおさらばしようか~」
「もうですか!? ちなみに行先は……?」
「そんなの飛びながら考えればいいよ~。とりあえず宇宙へ飛んじゃおう!」
「はぁ……。相変わらず無計画ですね……」
メインデッキにてワイワイと騒ぐトニアを見て、ルコッタは呆然とする。勢いのまま父親のもとを飛び出し、この船に乗ってしまった彼女だったが、それでも不安は残ったままであった。本当に良かったのだろうか、と。
「ま、どうにでもなるさ」
「っ! は、ハンフリーさん。なぜそんなに汚れているのです?」
「
「そ、そうだったんですね。ありがとうございます……! それで、どうにでもなるってのは……?」
「そのままの意味だよ。こんな連中と一緒の船に乗っかっちまって、不安だろうと思ってな。だが人生の道なんてもんは生きてさえいれば開けてくるもんだ。俺がそうだった」
「……」
「船員だから助けたとは言ってたが、どうせそれは理由の一つに過ぎない。だからずっと船員でいる必要もねぇ。適当な星で降りて、自分だけの人生を探したって誰も文句は言わねぇし、トニアも反対しねぇよ」
「そういう……ものなのですか……」
ルコッタは笑うトニアの横顔を見つめる。それに呆れる船員たち。
それを遠目で見つめ、彼女は決意する。
「私、罪滅ぼしと恩返しをします」
「ほう?」
「まず、皆さんを騙すことになってしまった事に対しての罪滅ぼし。これは私のケジメです。そして、私を救い出してくれた事に対しての恩返し。これが済まない限り、私はダッフル・ベッセルから降りるつもりはありません」
「そう、か。俺は止めないし、何も言わねぇよ。これからよろしくな」
「……はい!」
「おいデカ男。ルコッタちゃんを口説くな」
「お前じゃあるまいし、するわけねぇだろ!」
一瞬にして距離を詰めてきたトニアに驚きながら気持ちを新たにするルコッタ。
こうして彼女の次の人生が始まったのだった。
――数日後。惑星メリオダスにて。
「積載重量ギリギリの輸送、か。で、依頼人は?」
「この星の富豪の女性ですね。なんでも別の星の別荘に家具を送りたいのだとか」
メリオダスの宇宙港の停泊者専用部屋の一室にて、依頼内容を見ながらポーラとトニアは話し合っていた。
「歳は、40か。……あんまり気は乗らないなぁ……。でもそろそろ収入ないときついし……。ポーラ、交渉お願いできるぅ?」
「言うと思いましたよ……。まあ逆に艦長が言って露骨に嫌がる態度出されても困りますし。行きますよ」
「ありがと~。あ、ルコッタも連れて行ってあげて」
「え? 私?」
リースの遊びに付き合っていたルコッタは、突然名前を呼ばれて驚く。
「うん。ちょうどいいし、ポーラの交渉術を、うちの"見習いちゃん"に見せようと思ってね。凄いんだよ~」
「褒めてもオヤツは増えませんよ。それに、相場通りの報酬額を提示してるだけですから」
少し気恥ずかしそうにしながらポーラは立ち上がり、さっそくその依頼主のもとへ行こうとする。ルコッタもそれについていき、部屋から出て行く。
残されたトニアは、リースの頭を撫でる。
「いやぁ。次の旅は、どんなのになるか楽しみだな~」
無邪気な笑顔を浮かべるトニア。それはまるで、子どもが夢を見るかのような、希望に満ちた表情だった。
「トニア。撫で方、ちょっと気持ち悪い」
「はい」
小さな子どもに手を振り払われる者の名は、トニア・L・バースル。
輸送艦ダッフル・ベッセルの艦長である。
無軌道輸送艦ダッフル・ベッセル ねぎまる @KTNR
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