第5話「到着と彼女の想い」

「こちら惑星カラドック宇宙港第八番管制塔。識別コードを答えよ」


「識別コード、D4B16-TB。艦名ダッフル・ベッセル。入港許可を願います」



 惑星エニードから330時間。ようやく惑星カラドックのターミナルに到着した輸送艦ダッフル・ベッセル。


 ターミナルとは、一定の基準の文化レベルを満たした惑星の軌道上に建設される大型建造物である。宇宙空間から宇宙港まで、船を自動誘導してくれる機能がついており、また短距離ワープシステムが組み込まれており地上までの道のりを短縮することができる。逆に言えば、ターミナルがない未開拓惑星への着陸は困難であり、ワケありの者か一攫千金を狙った冒険者くらいしか自力での着陸はしない。


 入港許可を管制塔から受けたダッフル・ベッセルはターミナルを介し、倉庫に着陸し、その長旅を終える。



「いやぁ~着いた着いた! これで依頼達成、ってことだね」


「まさかホントにやり遂げられるとは……」


「私がやるって言ったらやれるんだよ~ポーラ。いい加減認めなって~。それで、ルコッタちゃんは?」


「積み荷下ろしをするために貨物エリアへ。ハンフリーとリトアが一緒です」


「そかそか。もうすぐお別れって考えると、寂しくなるね」



 これまでの時間を思い返し、物思いにふけるトニア。

 一方のポーラは不満足そうな表情を浮かべていた。ルコッタには未だ、レジスタンス軍の仲間という疑いがかけられている。それを見たかったことにしたまま、彼女との別れを済ませていいのだろうか。そんな思いが彼女の中に巡っていた。



「艦長! もうルコッタさん行っちゃうそうですよ!」



 ダミアンが知らせに来る。何やら急ぎの用があるそうで、すぐにでも宇宙港から出発したいようだった。トニアは「今行くよ~」と言い、ポーラを残しメインデッキを出て行く。

 そしてポーラは額に手をつき、溜息を吐く。



「自分一人生きるのに精いっぱいだった私が、他人の心配とはね……」



 小さくそう呟く。少し落ち着きを取り戻した彼女は、トニアを追ってメインデッキから出て行った。



「寂しいよぉぉぉルコッタちゃあああん!!!」


「な、泣くほどですか!? てか、こんな人前でやめてくださいっ!」



 街の方への定期バスを待ちながら、ルコッタはダッフル・ベッセルの船員たちとの別れの時間を過ごしていた。

 トニアは泣きながらルコッタに抱き着く。いつもなら避けられるはずだったが、今回のトニアは本気だったのか、その隙をルコッタに与えなかった。



「積み荷の方は安心して。もう地上での輸送の手配は済ませてあるから、ルコッタが指定した住所に届くようになってるわ」


「はい。ありがとうございます、ポーラさん。ホントに、お世話になりました……」


「ルコッタちゃあああああん!」


「艦長。そろそろ本気で殴りますよ」



 ルコッタは頭を下げ、皆にお礼を言う。

 すると間もなくしてバスが到着し、ルコッタは乗り込む。そして船員たちは手を振り、バスが見えなくなるまで見送った。



「行っちゃったねぇ。ちなみにポーラ、お代金は?」


「はい。しっかり300万クレジット、振り込まれているのを確認しました」


「……は? 300万クレジット? あんだけ危険な目に遭ってそれっぽっちか!?」


「あはは……。まあ、単純計算、2週間の輸送と考えると妥当な数字とも言えますね……」


「これだからトニアの安請け合いには苦労させられるんだわ……。修理費と燃料費、食費も引くと……一人当たりいくら残るのかしら」


「トニア。アイス」


「ふぁ~。俺は船戻って寝る」


「ではワシも部屋に戻るとしよう」



 口々に言いたいことだけ言い残し、船員たちは散らばっていく。ある者は街へ、ある者は宇宙港探索へ、ある者は闇市へ……。仕事終わりと言えば毎度こんな感じであった。



「さて。私たちは……」


「アイスー!」


「はいはい。リースちゃんにはお土産屋でアイス買ってあげるから待っててね~」


「艦長。にやけ顔が犯罪者です」



 その場に残ったのは、トニア、ポーラ、そしてリースだった。

 普段であれば、仕事が終わればその惑星にしばらく滞在し、次の仕事が見つかるか、その惑星から逃げ出したいときまで自由に各員過ごしていた。

 しかしどうやらトニアにとって、今回はその普通には当てはまらないようだった。



「さてリース。アイスを2段にしてあげるから、その後ちょっとお願いを聞いて欲しいんだ~」


「んー。3段!」


「この商売上手め~。3段ね、いいよ~」


「やったー。で、なにすればいい?」


「むふふ。なに、簡単なことだよ」


「……艦長?」



 

 そして惑星カラドックで2日ほど彼女たちは過ごした。

 もう各員はその惑星を堪能し、そろそろ飽きてきたという頃、一同は血相を変えてダッフル・ベッセルに戻って来たのであった。



「と、トニア!? これ見て……って、なんだお前らも帰ってたのか」


「あんたが遅いだけよ」



 ハンフリーが大慌てで船に戻ってメインデッキに上がると、既にそこには全員が揃っていた。そしてその全員、同じものを持ってきていた。



「反乱勢力"惑星解放戦線"の幹部の指名手配ポスター。その人物の名前が、ロラン・オルニー……ね」



 トニアはその紙を持ち、そう呟く。

 そこに描かれた男の下には、はっきりと『ロラン・オルニー』と書いてあった。そして数日前まで一緒にいた少女の名は、ルコッタ・オルニー。

 これは偶然だろうか。いいや、偶然でないと思ったからこそ、船員たちは皆この紙を持ってきたのだろう。



「皆が一斉にこれを同じタイミングで持ってきたのも、今朝この指名手配書が配られ始めたからだね。どうやらこの解放戦線ってのが、カラドックの治安統制局に宣戦布告したらしい」


「な、なんだ。トニア、知ってたのか」


「私じゃなくてポーラがその情報を持ってきてくれたんだよ~」


「はい。この星のラジオを聞いていたら、そのような布告が……」



 治安統制局は、その名の通りその惑星を統制する機関である。星間評議会の下にある組織であり、武力が治安維持軍とするなら、統制局は各惑星の政治を司る機関だ。

 しかし政治とは名ばかりであり、実際には評議会の決定のままに惑星の人民を操るための場所であり、虐げられる者にとっては悪の巣窟そのものだった。



「惑星解放戦線。どこかの星でも聞きましたね。なんでも今各惑星で勢力を広げているレジスタンス軍だとか。治安維持軍もこれの掃討に手を焼いているとか」


「もしルコッタがこの男と関係があるとすれば、やはり私たちが輸送した荷物は……」


「まあ、その宣戦布告と戦闘に必要な物資だったってことだろうね」


「なっ!? ってことは、俺たちは反抗勢力の手助けをしたってことか!?」



 トニアの発言に思わず大声で狼狽するハンフリー。既に退役した身であるが、それでも過去は軍人としてそういった反抗組織と戦っていたのである。その心境は複雑だった。



「じゃあ……ルコッタはアタシたちを騙してたってことなのかい……? 利用していた、と?」


「ルコッタさん……。ずっと一緒にいたのに……」



 リトアとダミアンの発言に、一同は表情を暗くする。

 するとトニアは、突然一つのボロボロの機械を艦長席の影から取り出す。



「さて、暗くなってしまった面々ですが、ここでこれを見ていただきましょう!」


「……な、なんだ? こんな時に。その鉄くずがどうしたってんだ」


「鉄くずじゃないよ~。まだ動く骨董品ではあるけど。これは古い通信機。なんと客室、つまりルコッタちゃんの部屋に置いて行かれていたものなのです!」


「……? 忘れ物?」


「どうだろうね。こんなにサイズがあって、存在感があるものを忘れるかどうか。それに丁寧に毛布にくるまれてて、まるで隠すように置いてあった。この意図を汲めないほど、私は鈍感じゃないよ」



 はっとなる一同。その様子を後目に、トニアは通信機を操作する。



「通信機とは言ったけど、今大事なのはコイツの録音機能だ。ルコッタちゃんの忘れ物は通信機じゃなく、この伝言だったんだよ」


「伝言……?」



 すると通信機は音を立てて動き出し、環境音を含んだ録音音声が流れ始める。そこから聞こえる声は、間違いなくルコッタのものであった。

 その録音が終わるまで、彼女たちは静かにその音声を聞いていた。



『ふぅ……。私、ルコッタ・オルニーは、反乱勢力、惑星解放戦線の幹部を親に持つ、治安維持軍の敵です。そして……皆さんを騙していた、卑怯者です……』


『父親の名前は、ロラン・オルニー。一部の星では指名手配もされている、組織の中でもかなり強い力を持つ人物です。母親は、私が幼い頃に事故で他界。それ以降、私は父に育てられました』


『その頃から既に父は惑星解放戦線の中で力を持っており、私もその一員にすべく訓練を受けさせられました。今回もその訓練の一環で、私を含めた幹部候補員の数人の力だけで、エニードからカラドックへ物資を輸送するという内容でした』


『当初は解放戦線が保有する宇宙船が用意されており、それを使う手はずでした。ところが、私たちの中で仲間割れ……というより、幹部が親である私を蹴落とすために、私はエニードに置いて行かれそうになりました』


『しかしその宇宙船は既に地上軍に捕捉されており、船もろとも候補員は皆逮捕され、残ったのは私と、倉庫に隠されていた物資だけでした。これを報告しようと考えましたが、安全な通信手段がなく、加えてそれだけで訓練を中止させるほど父が甘い人物ではないとも知ってました』


『そんな時、皆さんの噂を聞いたのです。私はこれしかないと思い、依頼をしました。これがすべての経緯です。謝って済む問題だとは思ってません。だから、これだけ言わせてください……。皆さんと過ごした時間は、本当に楽しかったです。それは嘘ではありません……』


『もし軍に疑われることがあれば、これを提出してください。そうすれば、皆さんは利用されただけで、反乱勢力とは無関係だという証明になるはずです。……それでは』



 そこまで音声が流れると、数秒の沈黙の後にブツンという音が鳴り、録音が止まった。

 


「……それで、アタシたちが納得すると思ったのかい……ルコッタちゃん……」



 リトアは拳を固く握り、絞り出したかのような声でそう言う。他の船員たちも同じだった。

 何ともやるせない気持ちが彼女たちの心を埋める。

 すると、皆の表情を見渡していたトニアが口を開く。



「良かった。皆、気持ちは同じみたいだね。なら、これも聞いてもらえそうだ」


「……? まだ何かあるのか?」


「ふふん。私が幼気な少女のヴォイスを聞き逃すはずがないだろう? 最後の数秒の音量を上げたものがこの音声だよ。ポーラ、流しちゃって」


「艦長。気持ち悪いです。では再生します」



 ポーラの罵倒の後、彼女はパネルを操作し、音量が編集された録音音声を流す。



『……たすけて……』


「っ!!」



 微かであったが、確かに「たすけて」という言葉が聞こえた。空耳ではない。確実に、ルコッタが残した最後の言葉だった。



「こ、これって……」


「ルコッタさんが、僕らに助けを……?」



 皆はそれぞれの顔を見合わせ、認識を確かめ合う。

 トニアはニコニコしながら、首を縦に振る。



「そういうこと。ってことで、助けに行くのに反対する者は居ないね! では、もう一人の仲間を救いに、出発と行こうか~!」


「待てって! 救いに行くのはいいけどよ……。具体的にはどうすんだよ。ルコッタがどこにいるかもわからねぇのに……」


「ああ、それは大丈夫。ルコッタには発信機をつけておいたから、居場所はバッチリ分かるよ」


「……あの時か」



 ルコッタがバスに乗る前のことを思い出し、トニアがやたらルコッタにしがみついていたのを思い出す。あれだけ密着していたのだから、確かにこっそり(?)発信機を付けるのも容易であっただろう。

 ある意味ではトニアにしかできない芸当だった。



「場所は街の北西部にある森の中。地図上では何もないけど、そこに反乱勢力の基地か何かがあるのかね」


「……いや、だとしても、だ。どうやって助けに行く? 相手は評議会相手に喧嘩を売るような連中だぞ?」


「どうやってって……。そりゃ、私たちの移動手段と言えば、これしかないでしょ?」


「……おい、まさか……」



 トニアはベルの顔を見ながらニヤリと笑う。

 嫌な予感が的中した彼は、ただ呆れることしかできなかった。




 惑星カラドックの最も大きい都市から北西に行ったところに森がある。さらにその奥へ進むと大きな谷があり、そこで森の南北が分かれている。

 未開拓地ではあるがその周辺に鉱物資源等はなく、誰も手をつけない地域となっている。

 その谷はいつしか放浪者のたまり場となり、それが反乱勢力の温床となっていった。


 そうしてできあがったのが、惑星解放戦線カラドック基地"ユーダリル"だった。いずれギルダス星系の独立を目指すための最前線基地とするため、ユーダリルには多くの資源が輸送されていた。


 そしてある程度の武器や人員が集まったところで、このカラドックの統制局の制圧を決めたのだった。


 本作戦のリーダー格であるロラン・オルニーは、指令室で作戦準備の指揮を執っていた。



「……しかし、幹部候補員がカラドックで捕まったのは痛手だな。あちらにも手を回さねばなるまい」


「はっ。しかし、ロラン様のご息女が無事だったのは何よりです」


「どうだろうな。案外、あやつが他の連中を軍に売り渡したこともあり得る。それに、たかが輸送船一隻でカラドックまで来られるとも思えん。何か隠している気がする」


「は、はあ……。ルコッタ様が、ですか」


「様など付けんで良い。今回の作戦にも参加させるが、まだ私はあいつを認めてはおらん。一般構成員と同等の扱いを心掛けろ」


「りょ、了解しました」



 ロランは誰に対しても厳しい男だった。その厳しさと抜け目のなさが周囲の恐れとなり、力となり、組織の中での地位を高めていった。

 一方で彼を恐れる一派も組織内には存在し、昨今のロランは他人を疑うことに時間を費やしているとも言えた。



「ッ!? ほ、報告します! 基地へ近づいてくる物体を確認したと、偵察隊から……!」


「なに? もう地上軍が動き始めたか。しかし迎え撃つ準備はできている。ただちに構成員に地上戦の準備を……」


「いえ、違います! ふ、船です! 宇宙船が谷の間を進んできていますッ!」


「……は? 宇宙船? 馬鹿を言うな。ここは宇宙ではない。見間違えだろう」


「え、映像届きました! メインモニターに映します!」



 慌てふためく通信員。そしてパネルを操作し、映像を映し出す。

 そこに映し出されたのは、確かに谷の間を器用に突き進む宇宙船だった。



「な、なんだあれは!? 治安維持軍か!?」


「いえ、軍のものではありません! 恐らくは民間のものかと……」


「民間の宇宙船がなぜこんなところを飛んでいる!? ……と、とにかく、止まらないと敵と見なして攻撃すると通信を送れ!」


「既に通信は送っているのですが……。なっ! 音声通信が……しかしこれは……!」



 すると通信員が操作するよりも先に、音声が基地中へと響き渡った。



『えー諸君! 私の名はトニア・L・バースル。輸送艦ダッフル・ベッセルの艦長である! 抵抗の意味はないので、大人しく私の可愛いルコッタちゃんを返すようにー!』


「ッ!? なんだ!? 誰が流していいと言った!」


「ち、違います! 回線がジャックされており、勝手に基地中に流れるようになっています! それに……この通信は基地内から発信されています!?」


「一体何が起きているんだ!?」




 一方。戦闘準備として装備の確認をさせられていたルコッタもその音声を耳にしていた。その呆れるほど間抜けな声は、間違いなくトニアのものだった。



「トニアさん……?」



 思わず手が止まるルコッタ。なんだかしれっと"私の"発言をされた気がしたが、今はそんなことを気にしている暇はなかった。

 しかしその直後、再び基地全体に通信が入る。今度はロランの声だった。



『解放戦線全構成員に伝える! これより戦闘態勢に入る! 目標は……谷を進んできている宇宙船一隻! 地上より爆撃を行い、船を墜落させる!』


「っ!」


『また、この基地の中で、侵入した敵が通信を行っている! 各員総出で見つけ出せ!』



 その通信を聞き、周囲の構成員は装備を持ち、持ち場へと駆け出す。ルコッタも動き出そうとするが、そこで足が止まる。

 自分は何をすべきか。ダッフル・ベッセルでの時間を思い出し、考える。皆が今、やろうとしていることは何か……。



「いや、分かるわけがない!!!」



 しかしやってる事があまりにも予想外すぎた。

 この後トニアたちが何をするのか。何をされると困るのか。さっぱり分からないルコッタは、頭を掻きむしる。



「あーもう!」



 考えるのを諦めたルコッタは支給品である武器を持ち駆け出す。

 その足が向かう先は、基地の指令室であった。

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