祝福

「こんな結末、望んでいなかったのよ」

 あれから無情にも時間は流れて行った。ラケールの姿はどこにもなくて、存在自体が無かった事にされていて、その上私が聖女だとされてしまった。


 今日は私とカムパネルラの結婚式。私が大公妃となる日。輝かんばかりの純白のドレスはきっとあの子の方が似合うはずなのだと、素直に喜べない。

「お美しいですわ、パトリシア様」

 隣に控えていたバスティアーノ夫人が私を見て微笑む。

「ありがとう、夫人」

「……浮かない顔ですのね」

「結婚が嫌になったわけでは無いの。ただ、どうしても素直に喜べないのよ」

「まあ……」

「ごめんなさい、未来の大公妃がこんな事ではいけないわよね。わかっているわ、わかっているの」

 やっと廻りあえた旧友を突然失った。前世の私を知る人も。きっと普通ならこれほど気に病むことは無いのだろうけど、私は交友関係が広くないから余計に一度に二人を失うのが苦しい。

「パトリシア様、お時間です」

「はい」

 重たいドレスを引きずって、愛する人の元へ向かう。世界で一番幸せなはずなのに、どうしてこうもかけ離れたところに気持ちがあるの?

 長い廊下に差し込む光は、すっかり春の日差しに変わり、向こうに広がる景色は豊かな草原と街だった。

「ラケール……どこにいってしまったの?」

 綺麗に彩られた化粧が落ちぬようにと涙を堪える。長い廊下は断頭台に向かう道のようで、今すぐこの場から逃げ出したいとさえ思えた。


 ――花嫁にそんな顔は似合わないぜ!


 刹那、耳にそんな声が届いた。

 開かれた扉、そのすぐ傍らには見覚えのない二人が私に向かって拍手していた。弾けんばかりの笑顔を向けて。

 それがラケールとユージお兄さんだと気づいて、私も自然と頬が綻んだ。

「ヒーローが待ってるよ」

 ユージお兄さんの言葉に力強く頷くと、私を待つカムパネルラの元へ、一歩一歩踏み出していく。

「僕からのサプライズはどうだった?」

 結婚式の後、こっそりと耳打ちされてカムパネルラの仕業だと知った。

「もっと早く教えてくれたらよかったのに」

「無茶言わないでよ、見つかったのは昨日だったんだからっ」

 もう二度とあんな事はごめんだと言うように顔を顰めるカムパネルラ。きっと私のためにこの半年間本当に頑張ってくれたんだろうな。そう思うと、この人がどうしようもなく愛おしく見えて、たとえ魔物の姿でも今なら愛せると思ってしまうほど。

「わ、ちょっとリーサ?!」

 キスの雨を降らせれば、カムパネルラは困った様子で笑う。

「キスする前に王子様に戻っちゃったわね」

「野獣はお姫様の愛で元に戻るんだよ」

「野獣?……ふふっ、カムパネルラはどちらかというとカエルだわ」

「カエルは叩きつけられて戻るだろう?……こうなったら僕が野獣だってこと教えてあげないといけないね」

 怪しく笑う彼に、私もカムパネルラももう子供ではないと実感させられる。

「……う、受けて立とうじゃない‼」

「ぷっリーサってば顔が真っ赤だ!」

「揶揄うな!」


 結婚式の後、めでたしめでたしって終わる作品は嫌いだった。その先の幸せの形を私は知らなかったから。けれど、カムパネルラと一緒なら、きっと本当にめでたしめでたしって終わるんだわと心から思える。

 隣で眠る彼の頬をつついて、幸せをかみしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放されて魔王に引き取られましたがルームメイトは緑に輝くゴキちゃんでした。 彩亜也 @irodoll

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ