戦いの行方
「リーサ……リーサ……!」
大好きな声が私の名を呼ぶ。目を開けば、そこに居たのはカムパネルラだった。ボロボロの体で、それでも彼は私を庇うようにアルカナの前に立っていた。
「カムパネルラ……私……」
「良かった、君だけでも無事で……」
「私……だけ?」
カムパネルラの言葉に当たりを見渡すとそこはまさに地獄のようだった。黒い煙が立ち込める中で、彼方此方に丸まった何かが落ちている。鼻をつくのは焼けた肉の臭い。それが、アルカナと戦っていたみんなのものだとわかって猛烈な吐き気に襲われた。ずるりと何かが私の肩から落ちた。驚いて下を見れば、それは私を庇ってボロボロになったレッグスさんの腕だった。
「うそ、やだ……やだ‼︎」
あたまがまっしろになる
なにもかんがえられなくて
かんがえないとって
それなのに
なんで
いや
やだよ
しなないで
しぬなんてかんがえるな
やめろ
やめろ
そうだなにかしなきゃ
でもなにを
私になにができるの
みんなをどうやって助けたらいいの?
火を消せばいい?それとも手当て?どこに救急セットがあるのかわからない。そもそも私には医学の知識なんて無いし、心臓マッサージくらいしかできないのに。
「リーサ、大丈夫。大丈夫だよ」
そう言って、カムパネルラが抱きしめてくれる。そうだ。彼がいるなら大丈夫。
「カンパネルラ‼︎……え?」
「あはははははは‼︎ついにとったぞ、お前の首を‼︎」
何が、起きたの?
振り返ると、途端にカムパネルラの体の重みが私にのしかかって、顔には飛び散る彼の鮮血がかかった。その体に首はなく、首があるはずの向こう側で、カムパネルラの首を掲げるアルカナが目に入った。ドロドロと塗りつぶされていく視界に、これが夢ならと思わずにはいられない。そう、そうだ。これは夢なんだ。悪い夢。きっと私はまたあの冷たくてジメジメした地下室で目を覚まして、悍ましい姿をしたカムパネルラと退屈な一日を過ごすのだ。
もしかしたらそもそも私はここに来なかったのかもしれない。伯爵様との結婚にマリッジブルーになってしまったのだわ。それとももっと前かしら。お母さんに殺されたのも夢で、もしかするとお母さんと暮らせるようになったのも夢かもしれない。だって、そうじゃないと、私はもう——耐えられない。
「ダメだよりさちゃん‼︎」
「ぐっ」
アルカナの笑い声が止み、隣には聖女様が立っていた。彼女は私の手を取ると何かを唱える。聖女様は驚く私を抱きしめて、安心させるように背をさする。
「これは全部悪い夢。アルカナが見せる悪夢だよ。でも、もう大丈夫。私が助けに来たからね。もう怖い事はこれでおしまい。みんなのところに帰ろう」
彼女が微笑むと今度こそ本当に私は目を覚ました。
「リーサ……!」
「カムパネルラ……?」
「良かった!本当に良かったよ‼︎」
抱きしめられて怖くなる。また夢のように彼の首がなくなってしまったらと思うと怖くてたまらない。けれど、震える私を抱きしめる温もりは本物だった。
「あ、アルカナは⁈」
「待て、私はお前の父親じゃないか……ぎゅあ‼︎」
決定的な瞬間はカムパネルラに目を塞がれて見えなかったけれど、オラクルさんは確かにアルカナにトドメを刺したようだった。淀んでいた空気は徐々に浄化され、立ち込める陰鬱な気も薄らいでいく。もう大丈夫だと確信を得られるほどに。
「……父上!」
一拍置いて、オラクルさんが叫ぶ。ごくりとカムパネルラの喉が鳴った。私はその肩越しにオラクルさんの方を見ると、そこには白髪混じりの痩せこけた老人が倒れていたのを見つけた。
その目は落ち窪んで、歯は所々欠けている。骨の上に皮を被せたようで、それでも腹だけがでっぱり、昔読んだ絵本に出てくる餓鬼のような姿をしていた。
オラクルさんはそんな老人を抱き上げるとまるでガラス細工に触れるように優しく抱きしめ涙を流した。
「アルカナ……」
カムパネルラの強張った体からは彼の無念さが伝わってくる。彼だってこんな結末を望んではいなかった。それでも他に選択肢は無かった。重たい沈黙が降りる。私だけが部外者だけれど、この場にいる全員が、魔王の人間だったころを知っているのだ。その幸せだった時間を取り戻したいと、強く願っていた人々なのだ。
「いつまで泣いているつもりですか!」
重たい空気を切り裂くように凛とした女性の声が壊れた広間に響いた。反射的に顔を向けた先にはどこか見覚えのある女性が、真っすぐにこちらへ向かってきている。その後ろにはたくさんの女性が波のように先頭の彼女に合わせて歩いてくる。
「ヴァスティアーノ夫人……」
カムパネルラがぽそりと呟く。外の光を受けてきらきらと輝く金色の髪を靡かせ、彼女は私たちの横を通り過ぎて真っすぐにオラクルさんのところへ向かって行った。いつの間にか、後ろにいた女性たちはみな、足を止めていた。
「全ては貴方の心の弱さが招いたこと。お父上が今の貴方を見たらさぞがっかりなさるでしょうね」
とげの目立つ物言いに、私には彼女の真意がくみ取れなかった。けれど、そんな彼女の言葉を受けたオラクルさんは「手厳しいな」と笑った。
ヴァスティアーノ夫人もオラクルさんに合わせて微笑む。その姿から、二人がこれまでに共有してきた時間の長さが伺えた。
「彼女は……」
「ああ、彼女はバスティアーノ夫人、オラクルの奥さんだよ」
その言葉に納得した。そして、理解した。彼女はあの絵に囚われていたのだと。
彼女だけではない。辺りを見渡せば女性たちはみな傷つき倒れている兵士たちに駆け寄り再会を喜び合っていた。
けれど、そこにいない人物に気が付いて私は立ち上がって見渡す。
「リーサ?」
「聖女様は?ラケール様はどこ?」
私の質問にカムパネルラは首を傾げた。その表情に不安が込み上げてくる。
「聖女、とはリーサだろう?」
「あ、あ、ここも違う……これも夢なのね……そうじゃないとおかしいわ、おかしい、なんで……」
「リーサ、リーサ!しっかりするんだ!戦いはもう終わったんだよ」
あれほど心地よかったカムパネルラの腕の仲が、今では苦しくてたまらない。これこそが現実なのだと訴えているようで、事実から目をそむけたくなってしまう。
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