深夜の散歩。そこで見たものとは……

岡本梨紅

第1話

 私は深夜の散歩が大好きだ。日が昇っている最中は、肌が焼けてしまう心配もあるし、なにより仕事がある。通勤で使う駅では、できるだけ階段を使っているようにしているけれど、それでもやっぱり運動不足になりがち。だから散歩をするの。


 運動不足を解消したいなら、ジムに行けばいいじゃんって言われるかもしれないけど、ジムって高いじゃん? 場所によっては専属トレーナーが付いてくれたりするらしいけど、厳しいところは食事制限もあったりするらしい。それに練習着や靴も買ったりしないといけない。となると初期費用含め、かなりお金がかかる。それだけは避けたい。なにせ、私は一人暮らしだから、日々節約の毎日が必須なのだ。といっても、切羽詰まっているわけではないけれど、節約はできるうちにしておいたほうがいいよ。


 最近、いろんなものが値上がりして物価高だからね。できるだけ安い日に沢山の野菜とかお肉とかを買い込んで、加工して冷凍保存をしておく。そして使うときだけ、必要な分を解凍して使う。一度にたくさん買うのは、家まで運ぶのはたしかに大変だけれど、毎日買い物をしなくて済むから楽なんだ~。それに私が家にある駅に着くときって、時間も遅いから食材がほとんどないんだよね。


 て、なんだか話がそれちゃったね。えっと、運動というか、夜の散歩の話をしてたんだよね。

 私は、走ったりするのが苦手なの。走るとすぐに心臓のあたりがぎゅっと痛くなるし、息切れもひどい。だから正直言うと、駅の階段も辛かったりする。特に上りの時。下りはへっちゃらなんだけどね。


 そういう諸々の事情を踏まえて、私は深夜の散歩が好き。それに静かで、ほとんど人がいないしね。だから鼻歌はもちろん、小声で小さく歌っても怒られることもない。


 私の住んでいる近くには大きな川が流れていて、そこの土手を歩くのが日課。いや、毎日しているわけじゃないじゃないから、日課とは言えないかな。私が歩くのは週末だけ。金曜日の夜と土曜日の夜。日曜日は翌日に仕事があるから、家でできる軽い筋トレとかをしてる。日課といえば、お風呂からでたあとは、いつもストレッチをしているよ。そうじゃないと体がバッキバキになるんだよね。デスクワークだからさ。


 散歩をしているときは、いつもイヤホンを付けて歩いてるの。あ、ちゃんと周りの音が聞こえるくらいの音量で、音楽を聴いてるよ! じゃないと危ないからね。時々、自転車が走ってくることがあるからさ。


 ライトをつけてくれてる人もいるけど、ライトをつけないで走っている人もいて、本当に危ないよね! というか、夜間はライトをつけないといけない決まりじゃなかったっけ? 注意したいけど、変にいちゃもんつけられたり、暴力振るわれたりするのが怖いから、いつも私は立ち止まって、自転車を運転している人を先に行かせるようにしているんだ。そういうとき、お礼を言われるどころか、じろじろと見てくる人もいるんだけどね。「なんで見てくるのよ!」って言いたい気分だけど、それも我慢我慢。


 今日は金曜日。深夜の散歩の日だ。深夜は街頭があるとはいえ、暗いことには変わりないから、明るい色の運動着に着替えて、今日もたくさん歩こう!


 家にしっかりと鍵をかけて、土手に向かう。土手に上がるには階段とバリアフリーのため、スロープが設置されている。階段は前にも言ったけど、苦手だから私はスロープのほうを歩くようにしている。こっちも意外と坂が急だから疲れるといえば、疲れるんだけどね。


「さてと、今日はどっちに行こうかな」


 私は腰に手を当て左右を見回し、どっちに行こうか考える。


「先週は川下のほうへ向かったから、今日は川上のほうへ行こうかな!」


 私は歩く方向を決めて、川上へ向けて歩き出した。


「ふんふんふ~ん」


 ランダムで流れてくるお気に入りの曲を聞きながら、自分のペースでゆっくりと歩く。ウォーキングを始めたころなんて、すぐに根を上げていたけれど、今では2時間くらいなら余裕で歩ける。ごくまれに、電車が止まってしまった時なんて、みんながバスやタクシーで長蛇の列で待つ中、私は自力で歩いて家に帰ることができた。これも毎日でなくても、少なからず運動しているおかげだね。


 深夜の散歩は心地がいい。真冬なんかは寒くて凍えそうになるけど、静かだし、人がいない。道の真ん中を歩くことだってできる。まぁ、たまにくる自転車のことを考えると、未知のど真ん中を歩くことなんてできないけど。


「あれ? だれか、うずくまってる?」


 まだ少し遠くだけれど、道端にうずくまっている物が見えた。たぶん小さい子、かなぁ? こんな深夜の土手になんで小さい子がいるんだろう。私は少し早足にその影に近づいた。近づけば近づくほど、その影は子どもの姿だった。


「きみ、こんな夜中にどうしたの?」

「っ⁉」


 私が声をかけると、小さい子はビクッと体を震わせた。そしてゆっくりと私を見上げてきた。その子は涙目になっている男の子だった。私は慌てた。


「え? ほ、本当にどうしたの⁉ 怪我でもしてるの? ご両親は?」

「……食べちゃったの」

「え?」

「僕が、この子を食べちゃったの」


 私は男の子の言葉の意味を理解できず、その子の体越しに男の子が指をさす地面を見ました。


「うっ⁉」


 私は思わず、口元を覆って、数歩下がった。こみあげてくる吐き気を必死に我慢する。

 男の子の前にいたのは茶色い毛並みの子犬で、赤い首輪とおそろいのリードがつけられていて、そのリードは男の子が握っていた。だから、きっとこの子のペットなんだろう。でも、腹が何かに食い千切られていた。


(あんな傷、どうやったらつくの? 大型犬に襲われて、お腹を噛み千切られた? でも、私が歩いてきた道では、誰ともすれ違わなかったから、犯人は川上のほうへ逃げた?)


「また、怒られちゃうな。でも、しょうがないよね。残りも、後でちゃんと食べてあげなきゃ」


 男の子は悲しそうにもう息がない子犬の頭を、優しく撫でていた。私はそのとき、ふと思った。この子、さっき、変なことを言ってなかった?


『僕が、この子を食べちゃったの』

『残りも、後でちゃんとたべてあけなきゃ』


 どういうこと? 食べちゃったって、食べてあげなきゃってなに⁉


 男の子は子犬を抱き上げて立ち上がった。そして私をじっと見つめてきた。


「お姉さん。このこと、誰にも言わないでね?」


 私は言葉が出ず、何度も頷いた。それに満足したのか、先ほどまで涙目だった男の子は笑顔になった。


「よかった。でも、お姉さん。深夜の散歩はなにがあるかわからないし、ナニと出会うかもわからないから、危ないよ?」


 男の子はそれだけ言うと、その場から立ち去った。私は力が抜けてその場に座りこんでしまった。


「……結局、今のは、なんだったの?」


 私が見たものはいったいなんだったのか? 詳細はわかりたくもない。とにかく今の私ができることは、なんとかして家に帰ることだけだ。


 震える足に喝を入れるように叩いて私はなんとか立ち上がり、今まで歩いてきた道を全速力で走って引き返した。


 それから、私は深夜の散歩をやめた。

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