第一歌集「遠吠え」Twitter投稿短歌

虹岡思惟造(にじおか しいぞう)

遠吠え~Ululando

遠吠えを思わずしたり巨大月 太古の遺伝子我になせしか 

  

人影も無しと遠吠えしてみれば 思いかけずに声帰りくる


酔うほどに自己への嫌悪募りくる 唸るも足らず遠吠えせんか


群れ離れ野に住むことの久しければ 遠吠えさえも懐かしく想う


「臓器」


生あるもの皆それぞれに苦悩あり浮かぶ海月くらげの臓器蠢く


「アンモナイト」


マリンスノー降る深海を浮き沈むアンモナイトは今を生きている


「羽虫」


春泥に落ちて羽虫の断末魔助けるべきか踏み潰すべきか 


「サボテンの鉢」

 

妻逝きて一人故郷に帰るとや引っ越しの荷のサボテンの鉢


「水仙」


事故ありし道路の脇に水仙花 母は亡くなり子は助かりと


「鴨川シーワールド・サーフスタジアム」


人工の海しか知らぬ海獣を憐れむ我の憐れなるかな 


「鴨川シーワールド・セイウチの海」


水槽の外は果て無い太平洋それが何だと大海坊主きょだいせいうち】


「水鏡」


暮れなずむ川面に映る街灯の光は長く伸びて震えり


「シャルウィダンス」


四六時中一緒の点滴スタンドに感謝を込めてシャルウィダンス


「赤富士」


夕焼けの空を怖がる子のいない 時は来たるや遥か赤富士


「山茶花」


山茶花の散り損ねて無惨なり桜の散るを良しとはせぬも


「樋口一葉」

  

ポンプ式井戸ある路地に佇みて短かき生の才女偲びぬ


「もがもな」


突堤の灯り河口に映れるをあまの小舟の綱手揺らしぬ 


「水門」

 

水門の青い標識通り過ぐ夜釣りの船の赤い舷灯


「幸せな奴」 


友は説くこの世で一番美味いのは餃子にビールって幸せな奴だ


「ポット」


ポット沸く読みかけの本伏せ置きてドリップ珈琲の封を切り取る


「絵馬」


去年こぞの絵馬吹き鳴らし過ぐつむじ風人の祈願など知ったことかと


「雲水」


網代笠雨に濡らして通り過ぐ青い眼混じる雲水の列


「水車村」


蓼川に馴染んで久し水車小屋巨匠の夢の舞台なりしか


「感謝」


戦争の絶えて久しい幸せを当然として生きていないか


「青」


空の青映して海の碧深しわが深層の蒼も映るや


「落椿」


落椿赤累々と地を覆う薩軍攻めし城の二の丸 


「黄砂降る」


黄砂降る視界不良の低い空鷺らしき鳥一羽飛び行く

自動車が近づく度に本閉じて耳澄ましていた黄砂降りし日


「部屋」


選挙カーの連呼する声聞こえ来る政治に無縁な部屋のバンブー

種々雑多騒音絶えず聞こえ来る開け放たれた窓の翳りぬ


三首連作「カレンダー」


卓上のカレンダーに記された我が予定誰よりも少なし

裏返しされて置かれたカレンダー友見舞う病室のテーブル

全員の予定書かれたカレンダー眺めつ一人食卓につく


三首連作「「ベンジャミン」


リビングに置かれて二十有余年葉を落とす日の多くなりける

変色し枯れ落ちた葉を手に取りて共に過ごした日々を想いぬ

新築の祝いに貰ったベンジャミン我と余命を競いて生きむ


五首連作「電話ボックス」


使われぬ公衆電話に己が身を重ね眺める夜の街角

公衆電話はどこでもドアいつでも人と人を繋いでくれる

旧式の電話ボックスひっそりと限界団地の入口の隅

必ずや何時か役立つことあらむ微妙に傾いだ電話ボックス

お馴染みの四角い形にほっとする闇夜に浮かぶ電話ボックス


五首連作「旅の写真」


画素数の少ない頃の旅写真ハードディスクの隅に見つけぬ

色褪せし旅の写真の想い出は妻のものとは微妙に異なる

アルバムの色褪せた写真妻と見て語り合いたり喧嘩したこと

ともすれば薄れる旅の想い出を短歌に詠みて文に刻めり

セピア色の遠い昔の想い出を短歌に詠めば色の戻れり


五首連作「薩軍敗走」


薩軍の敗走せし跡たどる旅赤い椿の咲く峠道

薩軍が越えし難所と聞かされて見遣る彼方に聳ゆ可愛岳えのだけ

西郷が越えた難所の可愛岳えのだけと知るや知らずや若きハイカー

敗走の薩軍越えし鹿川ししがわの峠に至る尾根の延々

敗残の路に咲きたる白椿兵児の最期を愁う涙か








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