【KAC20234】満月とドラゴンの落とし物

天猫 鳴

深夜の散歩で起きた出来事

 夜は大好き。

 真夜中はもっと好き。

 満月の夜はもっともっと好き。


 心のなかで歌を唄うようにそう言って、ルークは夜道を歩いていた。


 今夜は満月。

 深夜でも昼のように明るくて足元を照らさなくても心配なく歩ける。親の目を盗んで部屋から抜け出して、こっそり夜道をひとりで散歩。


「夜は魔物が出るから1人で外に出ちゃダメ」


 小さい頃から何度もいい聞かせられてきた。12歳になった今でも言われる。だけど、楽しいんだからしかたない。


 誰もいない世界が楽しい。

 皆が寝てるのに自分だけが起きていて、誰にとがめられることもなく好きなことができる。そして、夜は静かだ。


 鳥は鳴かない。

 動物たちも息を潜めてる。

 虫の足音さえ聞こえてきそうな静寂が好きだった。

 耳が痛くなるくらい、しんと静まり返った世界が怖くて楽しい。


 小声で呪文を唱えると、ルークの指先のその上でぽっと炎が灯る。ルークは小さく笑った。


「夜だと魔法も上手く出来るんだけどな」


 学校では上手く魔法が使えなかった。

 また失敗するんじゃないかと意地悪な期待を浴びせかけられて、くすくす笑う声に邪魔されて集中が出来ない。


「夜なら集中しなくてもすんなりできるのに・・・・・・」


 歩くみたいに、あるいは指で葉っぱを弾くように。邪魔する者のいない夜なら苦もなく魔法が使える。


「ずっと夜ならいい」


 下生えの草を蹴ってぼそりと言った。

 小さい時に世界の全ての人々が眠り続ける話を読んでもらったことがある。皆いるのに誰とも話ができなくて、主人公は孤独な日々を過ごしていた。


「あれは・・・・・・嫌だな」


 空を見上げると満月が見下ろしてルークのあとをついてくる。夜風が気持ちよかった。


「・・・・・・!」


 見上げる満月の前を黒い影がよぎった。


「ドラゴン!?」


 間違いない。あのシルエットはドラゴンだ。慌ててほうきを呼び寄せてまたがって空へ駆け上がる。

 滅多に見ることの出来ない偉大なる生き物の姿を見てしまった。わくわくなのか畏怖いふなのかわからないけれど、胸のどきどきが止まらない。


 頭の奥から止める声がする。危険だ危ないと言っている。だけど心は駆け出していた。


(あのドラゴンは何竜だろう)


 火竜、水竜、雷竜・・・・・・。

 頭のなかでさっきのシルエットと重ね合わせる。


 竜の体に触れることができたら強大な魔力が得られる。その力は竜の特性に添って。


 箒の柄に顎をつけるように体を屈めて風の抵抗を減らす。ぐんぐんとスピードを増してルークはドラゴンの後を追った。


(見える、まだ見えてる!)


 月影にその体を輝かせてゆったりと翼を広げたドラゴンは滑空している。


(僕でも追い付ける!)


 のんびりと飛んでいる今ならできそうに思えた。普段、魔法使いの弟子と馬鹿にされるルークだけど、できそうな気がした。

 夜の闇に溶け込んで音もなく飛ぶドラゴンをいつもならすぐに見失ってしまうだろう。でも今日は満月が手助けしてくれている。


(見える!)


 点のようだった光がじりじりと大きさを増して、徐々にドラゴンらしいシルエットになってきていた。


 きっと側に近づいたら巨大な姿をしているだろう。

 大きなドラゴンは小さな魔法使いを気に止めないに違いない。理由もなくそう思えた。


 竜の姿が少しずつ大きくなっていく。手足や尻尾がわかる。

 自分の力ぎりぎりのスピードで飛んだ。ルークの小さな体を容赦なく冷たい夜風が叩いていた。

 手が凍えてかじかんで、頬も唇も感覚がなくなってくる。でも、諦めたくなかった。


(もう馬鹿になんかされるもんかッ)


 一瞬でもいい。この手で竜に触れることができれば、そうできたなら明日からこの世は別世界に変わる。


「・・・・・・んッ!?」


 空に貼り付けられたように微動だにせず滑空していたドラゴンが、振動するように動いた。足で体を掻いたように見えたその時、キラッと光ったものがくるくると地上へ落ちていくのが見えた。


「何だ? ・・・・・・あれ」


 意識が削がれた。


「わっ!!」


 箒が落ちていく!

 気絶した鳥みたいに地上に引かれて落ちていく。


「駄目だ! 上がれッ! 飛べッ!」


 ルークの声に答えて箒は緩やかなカーブを描いて前へ進み始めた。それは、ちょうど光る欠片かけらに向かって飛んでいた。ルークはそのまま小さな光を目指す。見上げた先にはすでにドラゴンの姿はなかったから。


 きらきらと光をこぼしながら欠片は落ちていく。それは光を反射する泡のようだった。


 深海から細く煌めく泡が上っていく、そんな光景に似ている。


 満月が世界を明るくしていても森には多くの影があって、光をこぼしながら落ちていく小さい物はやけにはっきりと見えていた。


 欠片に追い付いたルークは、木々の間を落ちるそのあとを追従していった。


(あそこだ! あそこに落ちてる!)


 地面に当たる手前で箒を止めて飛び降りる。

 急いで草をよけてそれを確認した。


「・・・・・・これって」


 それは薄くて横長の六角形をしていた。

 ルークの片手よりは大きくて両手で持てるくらいの大きさで、とても軽かった。


「まさか・・・・・・これ、ドラゴンのうろこ?」


 教科書で見たことがある。

 信じられなくて自然と首を横に振っていた。


「・・・・・・嘘だろ?」


 粉にすれば万能の魔法薬、魔力をもって使役すれば強力な武器にもなる。そして、体に取り込めば魔法使いとしての飛躍は想像を絶すると習った。


「はっ・・・・・・はは、嘘だろ? これ鱗? ドラゴンの鱗なのか!?」


 手が震える。

 自分の声が他の誰かの声のようで不思議な感覚だった。


 鱗は静かにルークの手のひらの上にあった。

 月の光を受けて冴えざえと光って見える。角度を変えると青みを帯び、緑青色に変わって緋色に輝いた。


「虹色だ・・・・・・なんて綺麗なんだろう」


 昼間見たならどんな色で見えるのか、月光を写した鱗の本来の色はわからなかった。それでも思い当たるドラゴンがいる。


虹竜こうりゅう?」


 どの竜にも属さず、どの竜の力をもその身に保持していると言われるドラゴン。


 そっと頬をよせて鱗に触れた。

 ひんやりとした感触が伝わってきて、やがてルークの熱を受けて穏やかに温もりを返してくる。穏やかで優しい感じがした。


 耳を当てると微かに音がする。氷か金属がふれあう音に似ていた。


「? 風の音?」


 波音のようであり吹き抜ける風に草葉が立てる音にも似ている。


「・・・・・・ふしぎ」


 鱗の滑らかな肌に耳をつけてどれくらい聞いていたのか、ルークが閉じていた目を開けると空が白々と明けるところだった。


「・・・・・・! やばいッ!」


 両親が目覚める前にベッドのなかにいなくては叱られる。



 早馬を駈るように箒にまたがってルークは空を駆けた。

 この鱗をどうしたらいいか。少し削って万能の魔法薬をつくって、お祖母ちゃんに送ろうか。それから残りを半分に割って武器と魔力にするか。


(半分ずつだと武器も力も半々なのかな。魔力も欲しいけど強い武器も格好いい。いや、やっぱり魔力多めか?)


 興奮してきっと眠れない。どう使うか考えるだけで楽しくしかたない。きっと今日はいい成績を残せる。そんな気がする。


 大切な鱗をどう使うか、それまでどこに隠しておくか。次から次へと考えて気持ちが舞い上がる。朝日が希望の矢を放っているようだった。





 夜は不思議を隠してる。

 不安と期待と恐れと勇気。

 いたずらな気持ちを引き出して、怖がりな自分と向き合って。

 夜の闇に紛れ込めばきっと何かが待っている。


 闇夜のカラスは魔物か。

 月夜の竜は幸運か。


 それとも真逆か。




 ルークは幸運だった。それはたぶん、たまたまで・・・・・・。


 真夜中の散歩に気を付けなさい。

 月が作るあなたの影に何かが潜んでいるかもしれないから。ルークの幸運があなたにもあるとは夢にも思わないように、ね。





□□□ おわり □□□



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20234】満月とドラゴンの落とし物 天猫 鳴 @amane_mei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ