不眠症気味な私と、真夜中に現れる不思議な人
佐倉伸哉
本編
(眠れない……)
時々襲ってくる、不眠の症状。布団に入ってもなかなか眠気がやって来ない。
また、いつものヤツだ。こういう時はなるべく“眠れない”ことを意識しない。寝れない事に焦りやイライラして、ストレスを感じてメンタルが刺激されてさらに眠れない負のループに
5分くらい布団の中でじっとしていたが、眠たくならない。仕方ないので、一度布団から出て寝間着からラフな外着に替える。
こういう眠れない時は、気分転換するしかない。カギと財布だけ持って、散歩に出かけることにした。少し歩いて体を疲れさせ、気持ちを休めさせるので、散歩は一挙両得だった。
いつも見慣れた景色も、夜だとちょっと違って見える。
皆、眠りに就いている中、一人起きているのは何度経験しても不思議な心地。
聞こえてくるのは、自分が歩く音だけ。それと、時々遠くから車が走る音が耳に入るくらいか。
気分転換が目的なので、自宅からそんなに遠くまで行かない。街灯のライトがあるアスファルトの舗装がされた道を巡る、
実は、この真夜中の散歩には、ちょっとした楽しみがあった。それは……。
(――居た)
自動販売機と、街灯に照らされたベンチ。そこに、あの人は座っていた。
闇に溶けるような漆黒のタキシード、白のワイシャツ、艶のある革靴の出で立ち。この服装だけでも珍しいのに、もっと特徴的なのは、体のパーツ。
雪を連想させる純白な髪、真珠のような透き通った白い肌、中性的な顔立ち、そして――
その人は、毎回ここで本を読んでいる。いつしか会うのが一つの楽しみになっていた。
「こんばんは、“ラク”さん」
声を掛けると、ラクと呼んだ人は顔を上げてこちらを見た。
「こんばんは」
男性とも女性とも受け取れる声で、応えるラク。微かに笑みを浮かべていた。
こんなに目立つ
初めてこの場所を通った時、ベンチに座って本を読んでいる姿に思わず目が釘付けになった。容姿や服装もそうだけど、この人が
何度か目にする内、思わず「こんばんは」と声を掛けてしまった。もっとこの人のことが知りたい。その思いが先走った形だったが、ラクは迷惑がらず「こんばんは」と返してくれた。それから軽い世間話になって、お互いの名前を聞けた。
「今夜も伝記を読まれているのですか?」
「えぇ。なかなか興味深いです」
ラクは、いつも伝記を読んでいる。今日みたいに晴れている日だけでない。読書に向かない雨の日も、雪の日も、傘を差して読んでいる。その理由について訊ねてみたら、『この場所で読むのが好きだから』という答えが返ってきた。別に雨の日や強い風の日に外で本を読んではいけないルールはないから、おかしいと指摘する程のものではない。
「今夜も寝られないのですか?」
ラクが訪ねてきた。ここに現れるのは眠れない時だと知っているからこその質問だろう。
「えぇ、そうです」
「辛いですね。眠りたいのに眠れないのは」
不眠症で悩んでいる私に、気遣いの言葉を掛けるラク。すると、ラクは本を閉じて何気ない風に告げた。
「でも大丈夫です。家に帰る途中に500円を拾いますので、それを交番に届けたら眠れない日は無くなりますよ」
まるで未来を予知するようなことを口にするラク。えっ? と戸惑う私に、ラクは立ち上がると軽く頭を下げてから立ち去って行ってしまった。
ラクも居ないのにこの場で留まっていても仕方ないので、いつものルートで自宅へ向かう。大体、500円なんてそこそこの金額、落ちているはずがないでしょ……ラクの言うことだけど、
自宅まであと1分という距離まで来た時――電柱のふもとに、光る何かがあった。
まさか。光るものの方に近付いていくと、そこに落ちていたのは500円玉。本当に、ラクの言っていた通りだった。偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎている。
ものは試しに、ラクの言った通りにしてみよう。自宅とは反対にある交番へ足を向ける。宿直勤務をしていた警官に拾った500円を渡し、自宅へ帰った。
今夜起きた出来事を不思議に思いながら布団に入ると、ここ最近で一番早く夢の世界へ落ちていった……。
あの日以来、不眠症で悩むことは無くなった。
夜、寝床に入ると長くても10分以内には夢の世界へ旅立てるようになった。イライラしなくなって済むようになった分、ラクに会えなくなって寂しくも思う。
ラクは一体、どういう人なのか。また会えたら、聞いてみよう。そう考えながら、今夜も眠りにつくことにした。
不眠症気味な私と、真夜中に現れる不思議な人 佐倉伸哉 @fourrami
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