深夜の散歩で拾ったモノ。

横蛍

深夜の散歩で拾ったモノ

 コロナ渦によりテレワークとなり、社会が平常に戻りつつある今も私は自宅での勤務を続けている。


 とはいえ仕事が減るわけではない。関係者が未だに慣れないテレワークの連絡ミスから、急な仕事が入ったのが二十時を過ぎた頃だったか。


 翌朝の朝一までにとの期限により徹夜覚悟で仕事をしたが、深夜三時過ぎにようやく終わる。


 ひと眠りしたいところだが、朝八時のweb会議に起きられる自信がない。なにをするにしても中途半端な時間帯だ。


 小腹が空いたが、あいにくと自炊など無縁な生活のため冷蔵庫は酒しか入っていない。


「散歩を兼ねてコンビニ行くか」


 寂しい独り身の救世主。コンビニならこの時間も開いている。自宅のワンルームマンションから徒歩十分、近くもなく遠くもない。低所得者と称される自分には歩いて行く以外の選択肢がないコンビニだ。


 学生時代のように動くこともなくテレワークにより家からも出ない生活により、ちょうど運動不足を感じていたことから運動にはちょうどいいと自分に言い訳をしつつ家を出る。



 少し身震いするような冷たい空気。


 大通りを走る車の音だけが聞こえてくる中、静かな町をゆっくりと歩く。


 通りの家もほとんど明かりが消えている。街灯と信号機の明かりが、いつもの町と違う場所に来たような、そんな錯覚をさせる。


 そういや、学生時代にはよくこんな時間まで遊んで騒いで帰ったなと思う。


 将来の夢もなく、ただ、流れるままに入れる学校に入り社会に出た。


 ここ数か月、モニター越しに会話する会社の同僚と行きつけのコンビニの店員くらいしか会話すらしていない。


 人生に悲観する気もないが、やりがいがあるわけでも生き甲斐があるわけでもない。


 まあ、普段だとこんなことを考える余裕などないのだが。



 馴染みのコンビニに入ると、少しホッとした。人の気配、動いている町を感じたからだろうか。


 深夜ということもあり、弁当やおにぎりなどはあまりない。近頃は見た目が変わらずボリュームが減ったなと思いつつ、お腹の具合と相談しながら店内を物色する。


 結局、いつも買う物が同じだなと思いつつ会計を済ませて帰路に着くが、途中、昔よく深夜にたむろしていた公園があった。


 時間は朝までまだまだある。昔を思い出すかのように公園を散歩でもして帰るかと足を踏み入れる。




 ふと、どこからか香水とお酒の匂いがしたきがした。


「あー! さとし!」


 とっさに振り返ると、夜の商売をしていると分かる、男心をくすぐるようなメイクと服装をした女が公園のベンチでスマホをいじっていた。


 時間は深夜三時半を過ぎた頃だ。はっきり言おう。少し怖かった。


「分からない? アタシ、由美子だよ。中学でクラス一緒だったじゃん」


 立ち上がってこちらに歩み寄ってくると、結構な美人であることが分かる。女は闇夜に恐怖などないのか、遠慮なく近寄ると名前を明かした。


「よう、久しぶり」


「こんなところで会うなんて偶然だね~!」


 確かに凄い偶然だ。地元から離れた町の深夜の公園で会うなんて。幽霊かと思ったほどだ。


 しばし世間話を、いや、一方的にあることないこと話し始めた。大学在学中に両親が離婚して学費が払えなくなり夜の仕事を始めたことで、そのままその業界で暮らしているらしい。


「結婚とかした? 彼女は?」


「あいにくと独り身で社畜してるよ」


「ならいいよね、せっかくだからこれから飲もうよ!」


「こっちは朝一からweb会議だよ」


「おー、益々いいじゃん。酒が抜けなくてもバレないし。よし、決定!」


 冗談かと笑って聞き流してしまうも、彼女は本気らしく先程買い物をしたコンビニに向かって歩き出す。


 おいおい、まじか?


「ねえ、どんなとこ住んでるの?」


「って、ウチに来る気か!?」


「アハハ、大丈夫。散らかっていても気にしないから」


「こっちが気にするわ。自分の家に帰れ」


「えー、せっかく再会したのに。アタシこれでもモテるんだよ? さしで飲めるなんて喜ぶとこだよ」


「だろうなぁ。そういうやつが羨ましい限りだ」


「じゃ、決まり! ここでアタシを突き放すようなこと出来ないでしょ」


 なんちゅう自分勝手な女だ。

 

 でも彼女の確信めいた一言は当たっている。

 

 どうせ朝まで暇だ。ビールの一杯くらい飲むなら悪くないと思う自分が悲しい。



 オレの前を先導するように歩く彼女は……、人気のない深夜の町がよく似合う。輝いて見えるほどの夜の女だ。


 昔の面影を残しつつ、もう別人なんだろうなと思うくらいに変わった旧友。


 まあ、こんなことも悪くないか。


 ここまで流されて生きてきた身としては、そう思うことにした。




 翌朝、web会議の画面に下着姿の彼女が映り込んでしまい、会社での私の評判が一変するのは気付かなかった。


 


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