丑三つ刻に恋をした

うめもも さくら

AM2:00に出逢った僕ら

これは夏の暑い日のこと。

会社から帰路についていた。

いつもならバスや電車を使うのだけれど、最近は暑い日が続いてなかなか外を歩くことができない。

運動不足の解消と散歩を兼ねて、歩いて帰ることにした。

最近はゆっくり景色を見ることはほとんどない。

日々の生活に追われ目まぐるしく動いているから。

風に揺れる向日葵ひまわりと少し疲れた様子の朝顔あさがお、あの紫の花は桔梗ききょうだろうか。

昔の人は花などで季節を感じていたというけれど、今も似たようなものかもしれない。

デスクワークで朝から晩までエアコンのきいた社内にいて、帰りは電車やバスでさっさと帰ってしまうから外など見てもいない。

そんな日々を繰り返しているからか時々、季節や曜日を忘れるときがある。

久しぶりに自身に今の季節を教えてあげられた、と視線を前に移したとき、僕は息を呑んだ。

僕が歩く少し先。

あまりにも美しい女性が立っていたからだ。

先程までの僕と同じように、花が美しく咲く景色を眺めているようだった。

僕からは横顔しか見えない。

けれどそれだけで十分、彼女の美しさは知れた。

夜に灯る月のように白い肌、夜に紛れることのないみどりの髪と黒曜石のような瞳。

まるでそれは人ではなく神や天使、いや、それこそ人を惑わせる鬼や悪魔とも思える美しさだ。

けれど先程までいただろうか。

それにこんな夜遅く、もう真夜中だというのに女性が一人立っているというのも少し危険な気がして。

その異様さが、更に彼女の魅力を引き立てる。

なぜ、こんなにも惹きつけられるのかはわからない。

ただ、僕は彼女から目を離せなかった。

思わず足を止めた僕に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらに顔を向けた。

「こんばんは」

鈴の音のように美しい声に、鼓膜が痺れるようだった。

突然、声をかけられて僕は頭が真っ白になってつい挙動不審になってしまう。

それでもなんとか言葉を返した。

「こ、こんにち……じゃなくて、こんばんは」

しどろもどろになっている僕を彼女は馬鹿にするでもなく優しい笑みを浮かべる。

「こんな時間にお散歩ですか?……その、少し危なくないですか?」

そう言う僕に彼女は笑みを深くして首を横に振った。

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。私これでもけっこう強いの」

彼女は得意げな表情で美しい顔の前で軽く拳を握ってみせた。

そして、そのまま少し強い瞳で彼女は微笑った。


「貴方のことも守ってあげましょうか?」


それはどこか核心めいたものを感じた。

何がと問われると言葉にはできないのだけれど。

ただ僕は運命に逆らうことのできないまま


「はい、よろしくお願いします」


と答えた。


満足そうに笑う彼女の髪を丑三うしみつどきの風が撫でるように遊んでいた。

僕はその瞬間、名前も知らない彼女に恋をした。















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