ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!④ ~キモ男くん夜の徘徊編
ゆうすけ
じゃ、じゃ、邪魔するやつは、ま、まとめて、しょ、消毒しちゃうぞー
これは、この街に住む二人の幼女と、二人の新任の担任教師と、キモい男と、その幼馴染が繰り広げる物語である。
◇
「ふひ、ふひ、ふひ。ひ、ひ、ひどい目に、あ、あったなあ」
男は謎の大容量リュックを放り投げると、どすんと畳に腰を下ろした。六畳一間の簡素なアパートが男の住処だ。今日は街の本屋で男の性癖にドストライクな黒髪おかっぱ幼女と金髪ツインテ―ル幼女を見つけて、「幼女と仲良くなって両手に花♡」作戦を実行するべく、幼女たちの帰り道で待ち伏せしてぬいぐるみトラップを仕掛けた。
作戦は万事うまく行っていた。計画通り、幼女のうちの一人がぬいぐるみに興味を示して駆け出してきた。しめしめ、今日は最高の日だ、男は勝利を確信していた。
しかし、計画達成目前で小学校教師丈賀美知恵のエビぞりハイジャンプ立ち幅跳びスペシャルに阻止されたのだった。男はその時の光景を思い出したらしく、悔しさを全身ににじませる。
「く、くそ、ほ、ほ、本当にあと、す、少しで、よ、幼女と仲良く、な、な、なれたのに」
男は心底悔しそうに足元の謎の大容量リュックを蹴飛ばす。敷きっぱなしのふとんの枕元のペットボトルが、はずみでことりと倒れた。男の中ではぬいぐるみに仕込んだ爆弾が爆発することと、幼女と仲良くなることが完全に結合一致している。その謎の思考過程は、幼女がケガをするという可能性は微塵も考慮されていない。
「あ、あ、あの女、じゃ、じゃ、じゃまするなんて、ゆ、ゆるせない。よ、よ、幼女の敵は、しゃ、社会の敵。ま、ま、抹殺しても、ゆ、ゆ、許される」
男の目に昏い愉悦の灯がともった。狭い六畳の部屋に不釣り合いな、大型パソコンのスィッチを入れると、無音で光を放つディスプレイが男の顔面を白くライトアップした。
「じゃ、じゃ、邪魔な、お、お、お、大人はしょ、消滅しなくちゃ、い、いけない」
怪しげな画面に表示されたアプリのボタンを男がマウスでクリックしようとしたその時、部屋の中にどすどすと足音を響かせて一人の女が飛び込んで来た。
「きよしくん! やめなさい!」
「あ、あ、あ、あ、あ、亜子じゃないか。な、な、な、何しに、き、き、来たんだよ。べ、べ、べ、別に、あ、あ、あ、あ、亜子には、か、か、か、か、関係、な、な、ない!」
「関係なくない! きよしくんの考えていることなんかお見通しなんだから! どうせ幼女との出会いを邪魔されたことを逆恨みして、なんか悪いことするつもりだったんでしょ! やめなさい! いつまでそんなことやってるの! 伊達に三十年も近所に住んでないんだからね! 今日は私がハンバーグ作ってあげるから、おとなしくしてなさい!」
女の叫び声に、キモい男は一気に青ざめた。女の名前は羅賀亜子。男の幼馴染である。実家を出て一人暮らしを始めた男を気にかけては、ときどきこうして男の家を覗きにきているのである。そんな亜子の夕食を作るという申し出に、男はぶるぶると震え出した。
「やめ、やめ、やめて! あ、あ、あ、あ、亜子の、ハ、ハ、ハ、ハンバーグ、こ、こ、こ、怖い! な、な、な、なんの肉か、わ、わ、わ、分からない」
すでにエプロンをつけた亜子はいつのまにか男のアパートのキッチンに立ち、どこから持ってきたのか肉をこね始めていた。たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、とリズムのいい包丁の音が刻まれていった。
「なによ! 失礼ね。今日は、ちゃんとスーパーで買ってきた豚バラ肉よ! あ、逃げるなー、こらー!」
◇
そのころ、新任の美人女教師、丈賀美知恵先生は女児二人を連れて住宅街を歩いていた。
「サヤカちゃん、エーコちゃん。世の中にはね、どうしようもない変態がいるの。だからね、注意しなくちゃいけないのよ? 自分の身は自分で守らないといけないの。わかったかしら?」
「はーい」
素直に返事をしたのは意外にも生意気さで上回る金髪ツインテールのエーコの方だった。はた目に見てエーコは将来雪道でドリフトをかましつつ、車をぶっ壊すぐらいのことはへーきなヤンキー娘になるだろうという予感であふれている。
一方で見た目清楚な黒髪おかっぱのサヤカの方はふてくされている。サヤカは将来生真面目な雰囲気をまといつつ、仕事中にケータイアプリでゲームに課金しまくって「あの上司嫌いー。ぶち殺してやりたい」とかSMSに投稿する仕事しない系OLになりそうな予感だ。
「サヤカ、せっかくぬいぐるみゲットできそうだったのにー。先生が邪魔するから取れなかったー。先生のせいだー」
「サヤカちゃん、世の中ただほど高いものはないっていうのよ? よく覚えておきなさいね?」
◇
青い顔をしてアパートを飛び出したキモ男は一人で夜の街をさまよっていた。
「し、し、しばらく、じ、時間をつぶして、か、帰ろう。あ、あ、あ、亜子も、そ、そのうち、か、帰るだろう。し、しかし、あ、あ、あ、亜子の作る、ハ、ハンバーグ、こ、怖い。ね、ねこや、い、犬の肉なら、ま、まだ、マシな方だ……」
そこまでつぶやいて男は再び真っ青になった。澄んだ早春の夜空に浮かぶ月に照らされた男の顔ははっきりとひきつっている。その時、住宅街の道路の暗がりの向こうに「せんせー、さよならー」と手を振る金髪ツインテールの女児が目に入った。
「あ、あ、あ、あの子は、て、て、天使だ。ぐひぐひ」
男は急に表情を緩めると、じゅるり、とよだれを手で拭う。
「や、や、や、やっぱり、き、今日は、つ、つ、付いているなあ。き、金髪ちゃんの、お、おうちの場所が、わ、わかるかも。ぐひ、ぐひ、ぐひひひひひ」
電柱の影に身を隠しながら先生とサヤカと別れたのを確認する。金髪ツインテールのエーコが門を開けて入っていく家の様子を、血走った眼で見つめた。
「あ、あ、あ、あそこが、き、金髪ちゃんのい、家だ。し、し、忍びこんで、よ、幼女グッズを、も、も、もらっちゃおう。ぐひ、ぐひ、ぐひひひひひ」
男はその鈍重そうな体躯からは想像もつかない身軽さでエーコの家の塀を飛び越えていった。
(続く)
ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!④ ~キモ男くん夜の徘徊編 ゆうすけ @Hasahina214
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