第5話
電子の森の境で、僕はただただ呆けていた。
キノクニーを止められず、ヒサミを連れ出すことにも失敗してしまった。
もはや、ダマーチは燃えるしかない。ヒサミとともに。
どうする事も出来ない。
電子の森から、ゆっくりと低い草のようなものが足元まで伸びてきた。こうして森が徐々に広がっていくのだ。
僕も電子の森に飲み込まれる。そして燃やされるのだ。
ナメクジを思わせる速度でツタが足にからまってくる。僕は抵抗しない。
***
アズマーンの貴族フクロウとその私兵を従えて、キノクニーはカナガーとの境、ダマーチへ向かっていた。
「想像以上に時間を取られたな…」
ジュンの反対とそれに呼応するフクロウや人間たちが邪魔をするので計画を進める前から心を折られる者が続出した。
結局、ついてきた者は10羽に満たず、それについて来た私兵にしたってしょぼい。
もたもたしてる間に電子の森は広がり、勢いを増すばかり。こんな人数ではすべてを燃やすのに一体どれだけ掛かるのか。羽から油が抜けきり、バサバサになった羽の自分を想像して身震いした。
電子の森上空には既に先客がいた。
ジュンと、もう1人はダマーチのフクロウだ。
「キノクニー、どうしても止められないの?」
「無理だ。君だって閉店した所があるだろう」
「時代なのよ、仕方ないわ」
「ならば私たちの行動もまた、時代さ」
「森には…人がいるんですよ。人を殺めた歴史を、時代を新たに作ってどうするのです」
思い出した、ヒサミだ。
「面倒だ、さっさと燃やせ」
その時、何やら赤い箱が森からニョキっと伸びて来た。
「やー、森を燃やすのは難しいと思うな」
その箱から聴き覚えのある声が聞こえてきた。
「「「ブッコロー!」」」
箱の中にブッコローがいる。羽をパタパタさせながら喋っている。
「電子の森にはさー、こういう動画を遠くに届ける装置があるわけ。ついでに青い鳥を使うと言葉をみんなに届けることができるよ」
「あなた、どこにいたの」
「森に取り込まれちゃってさ。その間、人間からYouTubeやTwitterなんか教えてもらってたよ。いや、すごいね。楽しいのなんの」
「やはり電子の森は危険だ。娯楽ばかりでは人間達が本を読まなくなる」
「かもしれない。確かに僕はYouTubeで知らない世界を知った。でも、僕たちだって人間たちの知らない世界を彼らに教えてあげられるはずさ」
「何を教えることがある」
「本だよ!」
「だから、電子の森で勝手に好きな本を読むだろう。私たちが教えるまでもない」
「どうやって『好きな本』を見つけるのさ」
「気になるタイトルや作家とかだろ」
「口コミを忘れてるよ。それに僕らは本のプロだろ?本を勧める、紹介するのは僕らさ」
「それをYouTubeで?誰が見るのか。本屋による本の紹介なんて」
「そうかもしれない。でも、やらないと。本の魅力をみんな忘れかけてるんだ。僕もヒサミに言われるまで忘れていたんだ。少しでもいい、ほんのちょっとでもいいから、本を探す楽しさを、宝を見つけるような喜びを皆んなに伝えたい」
「それは書店でもできる事だな」
キノクニーは、持っていた松明を電子の森の木に近づけた。でも鈍色の木は少し煤けただけで何も変わらなかった。
「だから、燃えないんだよ。電子の森では毎日人が燃えてるけど、木は燃えないのさ」
周りのフクロウも火をかけようとしたが同じだった。
「おしまいだ…森に食われてしまう…」
「そうならない為に頑張ろう、て話をしようってのに勝手に燃やそうとするんだから」
「頑張る?頑張ってどうにかなるのか?この広がり続ける森が?」
「まだ僕は無名かもしれないけど、『有隣堂』のファンは沢山いるよ。きっと皆んな僕たちを助けてくれる。店舗を無くさないようにやってくれるさ」
「勝手にしろ、阿呆が。無駄だった、何もかも」
「有隣堂のブックカバーは評判いいよ?その為にウチに来てくれる人間だっているくらいさ。少しずつかもしれないけど、必ず紙の本に戻ってくる人間は出て来る。他の本屋の良さも僕は伝え続けよう、だから、もう少し時間をくれないか。大丈夫、紙の本はとても素敵なものなんだ」
***
あれからがむしゃらに頑張った。
動画登録者は20万人を超えた。
本とは無縁なことをやる事が多くて、キノクニーはちょくちょく文句を言う。でも、楽しく観てるらしい。
ダマーチの電子の森は、やはり広がっている。でも、店に足を運ぶ人間が前よりもずっと増えたとリブローやヒサミから聞いている。
そうそう、あのキノクニーもダマーチに出店してきたらしい。あんなにバカにしていたのに。
僕のYouTubeデビューの裏にはこんな事があった、という、ま、妄想と思って欲しい。
本当のところは
「有隣堂しか知らないせかーーい!!」
ブッコローの恋 たこはる @tako_haru
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