第4話

 僕はキノクニー邸からダマーチへ向かって飛んでいた。目当ての彼女はあそこにいなかった。

 ヒサミをダマーチから遠ざけなくてはいけない。フクロウは近々ダマーチごと焼くつもりでいる。ヒサミだけでも助けなくては。

 薄暮が迫ってきた。森が黄昏に染まる。普段なら美しい光景だろうが、今の僕には燃える森を連想させる。

 森の中に松明の光が見えた。

「まだ店舗にいるのか」

運が良かった。彼女の家を僕は知らない。


 松明の明かりの下、彼女は切り株に腰掛けて本を読んでいた。

「はじめまして、ヒサミさん」

聞こえていたはずなのに、目が少し文章を追っていたのが分かる。本をゆっくりと閉じてこちらを向いて言った。

「はじめまして、ブッコローさん」

「え」

お互い初めて会うはずなのに。

「そんなに驚かないでください。あなた、ダマーチにも店舗があるでしょう」

「いえ、ウチはカナガーだけと父にも」

「あぁ、ダマーチをカナガーだと勘違いしてらしたのね。最近あなたの店舗に人が居ないと思っていたわ」

「そ、それは失礼を」

「仕方ないことですよ。ダマーチ以外に店舗があると、どうしても」

ダマーチのことをどこか諦めているところが僕を更に落ち込ませる。どう切り出しものか。

「──その感じだと、挨拶に来た、という訳でもないようですね」

「僕と一緒にダマーチから逃げて頂きたい」

渾身のキメ顔で言った。

「ごめんなさい」

秒で断られた。

「私たちはダマーチから離れる事が出来ないんです。そんな事をしたら、本を買う場所が無くなってしまいます」

「失礼を承知で言いますが、ダマーチの人間は文字が読めないとか」

「随分と古い噂です。私たちが読み聞かせをし、徐々に本に興味を持つものが増えました。今ではダマーチ出身の作家もいるのです。ご存知ですか?四浦みをん先生ですよ」

貴族フクロウなら誰でも知っている、あの直本賞を受賞した作家だ。出身がダマーチだったとは──

「しかし、電子の森があります。私たちは、もはや役目を終え──」

「私は離れられません」

「電子の森でも本は読める!あなたが頑張る必要なんかない」

「フクロウのくせに紙の本を捨てろと?あなたにはどんな本も同じに見えるの?」


装丁の美しさを電子の世界に見つけることができる?

本の手触りは?インクの色は?

字のフォントも、紙の素材も、全ては読者のため

それを捨てて、無味乾燥な文字を追えと?

あなたは何も本を分かっていない


おっとりとしたフクロウはどこへやら。ヒサミの本に対する熱意が、愛情がほとばしっている。

ヒサミのように紙の本を求める人間は居なくならないだろう、しかし、全員ではない。だから、私たちも店舗を減らしているのだ。

ましてや、ダマーチの人間が紙の本を求め続けるとは思えない。

「本を売るならダマーチじゃなくたって良いと言ってるんだ。一緒にカナガーで本を売ろう?」

「ダマーチに産まれたものはダマーチから離れらない。ある種、呪いのようなものよ」

「何を──」

「世間知らずなフクロウ、だから私の手を取ろうというの?」

「大都市ジュクシンを小さくしたような、いいも悪いもごった煮の街。楽園のようでもある、でも、井の中ね。もっと世界は広いのに、ここの人は外に出ない。楽園がここだと信じたいから井の中に閉じこもる。それがダマーチの人間なのよ」

それに、とヒサミは付け加えた

「ダマーチのフクロウから本を買おうなんてカナガーにもアズマーンにもそんな人間いないのよ」

暗い井戸の底からでも突き刺さるような光を、その瞳が放っていた。

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