第16話
郁人が選んだホラーゲームは「シーブス・シュド・ビー・クワイエット」というもので強盗が金持ちだと噂の一人暮らしをしている盲目の老人の家に忍び込むというゲームだ。実は老人は元軍人で目が見えない代わりに聴覚が優れており少しでも音を立てれば居場所がばれ追いかけてくるのである。
しかもこの老人はチート級に強く強盗側もちょっとした武器を持っているが全く効かず防具すらも貫通するほどのパンチを繰り出してくる。強すぎだろ!運営に直訴した人もいるくらいだ。だがこれは老人を倒すゲームではなくあくまで見つからずに金を盗み出すというものだ。
このゲームはストーリー物ではないので2時間程度で終わるだろう。
「配信つけたままやるか?」
『何言ってんのよ当たり前でしょ』
(これが最後のチャンスだったのにな。いやもしかしたら本当にホラーとか怖くないのか?昔からこんな男みたいな性格だし、可能性はなきにしもあらずだな)
「でもこのゲーム終わったら一旦配信は切るからな」
お風呂出た後もゲームをやるにしろ小一時間誰もいない配信を続けるわけにもいかない。あとでもう一回枠を取り直せばいいだけだ。ソラも郁人と同じようにするだろう。
2人はゲームを買いダウンロードが終わるまで待っている。ちなみに50パーセントセールで5000円もした。セールになってなければ絶対買っていなかっただろう。
郁人は手元に置いてあるエナジードリンク缶のプルトップを引きカチャッという音を立てながら開けた。チルするのではなく翼を生やすために缶を立てにし思いっきりのむ。口から胃へと流れていく度に郁人の骨骨しい喉仏が上下に波打つ。
(うまかぁー)
たまに出てしまうエセ方言も口に出さなければ糾弾されまい。
10分ほどかかってゲームのダウンロードを終えた。2人の最高スペックのパソコンですらこれくらいの時間がかかってしまった。何という容量だ。大体のゲームは数十秒、時間がかかったとしても1分でダウンロードが終わる。コンテンツが多いのかそれともテクスチャーやディティールなどにこだわっているのだろうか。
郁人のパソコンは夏休み前に買った新しいものだ。今まではギリギリゲーム配信ができるくらいのスペックだったが、配信業で高校生が手にしてはいけない額のお金があったので円滑に配信するためにも1番いいスペックのものを購入した。自作PCにも興味があり作ってみたいという気持ちは山々だったが初めての自作で何十万とするパーツを扱う勇気は生憎持ち合わせていなかった。パーツ同士の相性がよくなかったり落としたりしたら束の諭吉が羽を生やし天に召されてしまう。なので前も買った信頼できるパソコンショップで実物を見て購入した。おかげで今まで感じていたストレスが一切なくなり快適なネット生活を送れている。
ソラはパソコン買う時には郁人に相談をするといっていたが何でも買うことのできる身分なので物を考えて購入する癖がついておらず郁人に何も言わず1番高いパソコンを買った。おかげでゲームには必要のない機能なども多いがソラも不自由なくパソコンライフを送れている。
高校生で2人のようにゲームをするだけでなく作れるほどのパソコンを持っている人は数少ないであろう。
郁人は棚から黒色のコントローラーを取りUSBをパソコンに挿した。FPSはキーマウ派だが、それ以外のゲームはコントローラーを使う。コントローラーの方が楽にできるというのが郁人の考えだ。
早速ゲームを起動するとオープニングが流れ始める。勿論爆音だ。五月蝿いがこの時はまだゲーム内で音量をいじることができない。オープニングを見ない奴はそのゲームをする価値がないという口に出せば炎上待った無しのゲーム魂が奮い立たされ2人とも鼓膜が痛く悶えそうになるのをぐっと堪える。
爆音オープニングが終わるとメニュー画面が開かれた。
『なんかメニュー画面が低予算感丸出しなんだけど。もしかしてドットのゲームなの?それならヨユーじゃん全然怖くないんだけど』
確かにソラが言う通りメニュー画面は十年ほど前に発売されたかのような解像度の悪い画面が映し出されている。だがこれはブラフ《ハッタリ》だ。作成者の悪戯心満載の仕掛けである。ここでプレイヤーの警戒心を解き本編で最高の恐怖を与えてトラウマを植え付けたいのであろう。
(なかなか巧妙なことをしてくれるではないか)
ソラはしっかりと作成者の術中にハマっているが郁人は事前情報があるためなんとか回避できている。
郁人はフレンド欄からソラを招待しパーティを組む。基本このゲームは2〜4人プレイ推奨である。1人でプレイする人もいるようだが1回ミスすら許されないので既プレイ勢の猛者でなければまず無理だろう。
『早くやろーよー。ちゃっちゃとクリアしちまおーぜ』
ソラが急かしてくる。
「分かったから落ち着けって」
郁人はそう言いスタートボタンを押した。
するとゴーと風切り音がなりはじめた。今2人は老人の家のドアの前にいる。強盗が律儀に玄関から入るのかという疑念はあるがそういう設定なのでツッコんではいけない。
ドアに近づくと「開ける」とアクションが表示された。
郁人が◯ボタンを押そうとしたがドアが開いた。待ちくれなくなったソラが開けたのだ。
キーと金具が唸りながらドアがゆっくりと開く。目の前は仄暗くうっすらとしか中が見えない。
まるてわ冷たい風が中から吹いているかのように体がひんやりと冷めていく。脳に集まっていた血液も弛緩したように下方に落ちていく。
2人に緊張感が走った。ソラは緊張感だけでなく妙な違和感に駆られる。
さっきの荒い画面からこれを予想できる人が一体何人いるだろうか。完璧に初見殺しである。
義姉が俺にだけ小悪魔で限界突破 夙 @sh893
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