トマトジュースよりも美味

ハマハマ

君は知っているか

 君は知っているか?

 どうしたって我慢できない事がある事を。



 もうやっていられない。

 殿下のお供としてこの世界にやって来た事に対しては不満はない。それは仕事だ。


 殿下とともに一緒にやってきた狼男とフランケンシュタインは不満はないと言うだろう。

 私の様に好物を食す事が禁じられている訳ではないから。


 毎日毎日トマトジュース。

 やってられないと憤っては毎夜こっそり屋敷を抜け出しては深夜の街を徘徊する日々。


 ただ、この国で買えるトマトジュースは美味い。

 なぜだか塩分不使用が持て囃されているらしいが、そんな甘ったれたものに私は用はない。



 今夜もまた深夜の街を徘徊し、ついに喉の渇きを覚えた私は灯りに誘われる蛾の様にふらりとコンビニに吸い寄せられた。


 真っ直ぐに目当ての棚へ直行し、高リコピントマトに食塩入りのお気に入りへと手を――


 女の真っ白なうなじが目に入った。


 ――伸ばしかけた手を引きとどめ、デザートの前に立ちすくむ女と同じ様に陳列棚のトマトジュースたちを選り好みするフリをする。


 ――ぞくりとした。


 この女のほっそりとした首に私の鋭い八重歯を突き立てるビジョンが湧いてしまったから。


 どうやら女はたっぷり生クリームの詰まったロールケーキを買うか、それとも砂糖不使用のヨーグルトを買うかで悩んでいるらしい。ダイエットが必要なスタイルには思わないがね。


 この国の女どもが着る普段着にしてはやや派手な装い。ぐるりと回した長い髪をアップに纏めあげたヘアスタイル。


 結婚式帰りと推測する。

 もちろん新婦ではなく列席側の。


 女の指はロールケーキとヨーグルトを行ったり来たり。だから言ってやった。


「お嬢さん、今日ぐらい良いんじゃありませんか?」

 私の掌の中の、塩分有りのトマトジュースを見せながら。



 そして彼女と二人、公園のベンチに座ってロールケーキなどを食べている。

 不可思議な状況だが、これはこれで、面白くも楽しくもある。


 この後の展開を考えれば、さらに良い。


 ――結婚式の料理って、なんか食べた気しなくないですか?


 あっという間に彼女はロールケーキを平らげて言った。

 私は特にそれに答えず、彼女に微笑みだけを返して距離を詰めた。


 彼女の右手を掴み、そっと彼女の背に反対の手を回してさらに引き寄せる。

 頬を赤らめ俯く彼女の顎に指を掛け、視線を合わす。


「さぁ、その美しい瞳を閉じて。眩し過ぎて貴女を見つめられないよ」


 目を閉じた女の首筋を甘噛み。

 ぞくぞくと背をくすぐる期待感。

 最高の食事に出逢った予感。


 つぷりと優しく八重歯を突き立て、小さく破れた皮膚から漏れ出た赤をひと舐めした――だけで――


 もう、我慢できない。

 この女なしには私は生きられない――



「どうだ美味いか? の血は?」



 ――そ、の、こ、え、は…………「殿下!? この様なところで何を!?」


 女は――殿下は顔をひと撫でふた撫でして元のご自分の顔に戻られ言った。


婚約者フィアンセ殿が夜な夜な街を徘徊されておるのでな、よその女に取られはせぬかと心配でな」


 …………いや、もうそのご心配には及びません。

 もう、私は、貴女無しには……


「なんだ、そんなに美味かったのかわらわの血は?」


 ははっ、と明るく軽く笑った殿下は腕を開いて言った。


「本当はまだダメなんだがな、ま、良いだろう。だ、吸いたければ吸え」



 君は知っているか?

 私は初めて知った。これほどの抗い難い衝動が世の中にある事を。

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トマトジュースよりも美味 ハマハマ @hamahamanji

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