出来事 ≠ 〇〇〇 (KAC20234真夜中の散歩で起こった出来事)
ninjin
Not Equal 《KAC20234真夜中の散歩で起きた出来事》
「ああ、美味しかったぁ」
「そうかい? それは良かった。じゃ、そろそろ出よっか。俺、お会計して、お店の人にタクシー呼んで貰うよ」
「ぇえ? もう帰えっちゃうのぉ? もう一軒行こうよぉ。そうそう、そういえばさぁ、こんな田舎にさぁ、ちょっと前に出来たお洒落なカフェバーがあるんだよ。でも、流石に独りで行く勇気なくってさぁ。一緒に行こうよ、久々に会ったんだからぁ。だって
◇
今年二十歳になったばかりの
「いつ帰って来たの? 昨日? それとも一昨日?」
「いいえ、確かもう一週間くらいになるんじゃないかしら。ええっと、先週の金曜日に本家の幸子おばさんからの電話でそんなこと言ってたから・・・」
「どうして直ぐに教えてくれなかったのよっ」
「どうしてって、あなた、そんなこと言われても、ねぇ」
「もういいっ」
茉莉花はぷいっとそっぽを向いて母親を台所に置き去りにして、そのまま二階の自室への階段を駆け上がった。
朋宏の帰省を直ぐに教えてくれなかった母親に対する怒り半分、そして久々に朋宏に会えるであろうことへの期待が半分、そんなものが綯い交ぜになった茉莉花の胸の内側だったが、自室ベッドの枕元に無造作に放り置かれた携帯電話を手に取った瞬間、母親への怒りよりも、期待感とそれに伴う心の
そして茉莉花は、震える指先で、携帯電話をタップする。
・・・1コール、・・・2コール、・・・3コール、・・・4コール、・・・
――はい、もしもし
「あ、朋兄ィ? 帰ってたんだね。あたし、誰だか分かる?」
――え、ああ、分かるよ。茉莉花ちゃんだろ? どうしたの、こんな朝早くに?
朋宏の言葉に慌てて壁掛け時計に目を遣った茉莉花は、しまった、と、自分でも呆れ驚いた。時計の針は7時10分を差している。
今日木曜日は、大学の講義が1限目から入っていて、7時半に家を出る為に準備をしていた茉莉花だったのだ。
「ごめんなさい。早すぎたわよね。朋兄ィ、まだ寝てた? 掛け直そっか?」
――いや、もう目は醒めたから、大丈夫だよ。それで、どうしたの?
「ほんと、ごめんなさい。こんな早くに電話しちゃって・・・」
茉莉花は余りに前のめりな自分のことが、電話の向こうの朋宏に伝わっているであろうことが気恥ずかしく、そして赤らめた頬に手を当てて、それを必死に隠そうとした。相手は電話の向こうなのだから、それが見える筈もないのに・・・
――いいよ、気にしなくって。ところで、今も訊いたけど、どうした? まさか、遊びにでも連れて行けって言うんじゃ・・・。
「えっ、いや、その・・・、だめ?」
――いや、ダメじゃないけど、今回は仕事で帰って来ててさ、今日までちょっと撮影が入っているんだよ。明日の午前中にスタッフを空港まで見送るから、明日の午後以降なら大丈夫だよ。
「お仕事だったの? 映画の?」
――そう、たまたまこっちがロケ地でさ。だから、今回は親戚やらこっちの友だちやらにはまだ連絡してなかったのに、今茉莉花ちゃんから電話があって、ちょっと驚いたよ。仕事終わったら少しこっちで休み貰ったから、そしたら皆に、帰って来てるから俺と遊んでくれ、って、電話掛けまくろうと思っていたんだけどね、先に茉莉花ちゃんから掛かって来たんで、ちょっと驚いてる。ひょっとして、うちのお袋かい?
「ええ、まぁ。でも、伯母さんに直接聞いた訳じゃないの、うちの母さんがね・・・」
茉莉花は先ほど自分の母親にとった態度のことを、少しばかり後悔した。
母親は、伯母に口止めされていて、敢て茉莉花にはその話をしなかったと思われたからだ。
朋宏は東京で役者の仕事をしていて、一応全国に名の知れた二枚目半くらいの準有名俳優だった。
しかし地元では「超」の付くほどの有名人で(そりゃあそうだ、こんな片田舎から出たいっぱしの全国区有名人なのだから)、その朋宏が帰って来ていることが周りに知れてしまえば、下手をすると隣町からも野次馬がロケ地を訪れてしまい、主役を差し置いてのてんやわんやになってしまうことが予想された。実際過去に一度、そんなことが有ったらしい。
そういう訳で、朋宏の生家では、朋宏本人が周囲に帰って来ていることを連絡しない限り、家族の者がそのことを口外することは無かったのだが、今回も恐らく口止めはあったのだろうが、親戚同士、義理の姉妹である伯母と茉莉花の母親の間で、朋宏が現在こちらに居るという話をしたのだろう。
茉莉花の母親は、暗黙の了解の上、茉莉花にはそのことを黙っていたが、今朝、何の拍子にだか、つい口を滑らせてしまった、そういうことに違いなかった。
「ところで朋兄ィ、いつまでこっちに居るの?」
――ええっと、明日を含めて3日かな。
「えっ、たったそれだけ?」
――ああ、仕方ない。まだ向こうでも撮影あるし、他の仕事もあるからね。でも、1日は茉莉花ちゃんの為に空けるよ、久しぶりだし、もう大学二年生になっちゃったけど、入学お祝いしてあげてなかったし。
「ホントに? いいの?」
――ああ、いいよ。それで、いつにする?
茉莉花は少し考えてから答えた。
「じゃあ、明日。明日の午後、大学の講義終ったら、家に帰って、すぐそっちに行くよ。本家だよね?」
――ああ、今はホテルだけど、明日空港に見送りに行った後は、家に戻る予定だから、そしたら、待っているよ。
茉莉花が少し考えてから「明日」と約束したのには理由があった。
ちょっと狡い考えが瞬時に脳裏に湧き上がったのだ。朋宏を明日、自分との約束で拘束してしまえば、明後日、明々後日と他の地元の友人に連絡させずに、3日間ずっと、朋宏と過ごせるかも知れない、と。
「うん、じゃあ明日ね。講義終って家に帰ったら、連絡入れる」
――分かった。連絡待ってるよ。
携帯電話を切り、それを鞄に仕舞うと茉莉花は、2階に上がって来た時とは真逆の浮かれたステップで、階段を駆け降り、台所にひょいと顔を出した。
「お母さん、さっきはゴメンね。それじゃ、いってきまーす」
茉莉花はスニーカーを突っ掛けて、勢いよく玄関を飛び出していった。
◇
結局茉莉花に押し切られた格好で、朋宏と茉莉花は二軒目の梯子をして(彼女が言うところの『お洒落カフェバー』で)、時間は既に午後の十一時を回っていた。
当初は一杯だけの約束だった筈だが、気付けばカクテルを三杯ずつ飲み、二人して結構酔いが回っている状態になってしまった。
「まさか、茉莉花ちゃんがこんなに飲むとは知らなかったよ。なんか、俺の知ってる茉莉花ちゃんじゃないみたいだなぁ」
「そうかなぁ? あたしは全然変わってないつもりだけど。小さい頃からずっと・・・」
酔ってはいるが、茉莉花の脳内はカチカチと音を立てながら回転していた。
今言葉を濁した「小さい頃からずっと」。この先の言葉はまだ早いわ。もう少し、静かな場所で・・・。
そんなことを考える茉莉花だった。
「そろそろ行こうか。俺も随分酔っ払ったよ」
会計を済ませ表に出た二人だったが、通りを走るタクシーは見当たらない。
朋宏が言う。
「仕方ない。駅まで行ってみようか。駅前のロータリーなら、まだ客待ちのタクシーも居るだろうし」
「・・・・」
「それにしても、酔ってない? 茉莉花ちゃんにこんなに飲ませちゃって、俺、叔父さんと叔母さんに合わせる顔がないなぁ」
「大丈夫よ、気にしなくって。あたしが飲みたいって言ったんだし・・・でも、だったらちょっと酔い冷ましに、少し歩いて帰ろうよ。冷たい夜風に当たってれば、酔いも冷めると思うし・・・」
「歩いて帰るって言っても、家まで歩くと一時間くらいは掛かるよ。途中でタクシー拾えればいいけど、こんな田舎じゃ、それもどうだか・・・」
「大丈夫よ、今うちの母さんに連絡入れる。歩いて帰るから、もうちょっと遅くなるって。朋兄ィと一緒だからって言えば、安心すると思うし」
「じゃあ、そうするか」
「うん、じゃ、ちょっと待ってて。今母さんにLINE送るから」
茉莉花はポーチから携帯電話を取り出し、朋宏に背を向けて携帯電話を隠すようにして画面をタップし始めた。
{お母さん、遅くなっちゃってゴメンね。
今夜、本家に泊めて貰うから、もう寝ちゃっていいよ。
明日帰るね。
おやすみなさい。}
送信して直ぐに母親からの返信があった。
{分かりました。
でも、くれぐれも幸子伯母さん、朋宏さんにご迷惑にならないように。}
「今母さんから返信来て、『分かった』って。だから、行こ」
「そっか、じゃあ、茉莉花ちゃんの言う通り、酔い冷ましに歩いて帰るか」
「うん、そうしよ。ゆっくり歩こ、急いで歩くと却って酔いが回っちゃうから」
茉莉花のいけない下心にまるで気付く様子もない朋宏は、茉莉花にニッコリ微笑み返して、歩き始めた。
茉莉花には二段階の目論見がある。
先ず第一は、歩くコースを繁華街外れのホテル通りにすること、第二には朋宏の生家である本家が、ここから行くと1キロメートルほど茉莉花の家の手前にあること。
そう、ダブルチャンスなのだ。
そしてこの企みは、茉莉花の考えるところでは、かなりの確率で成功する可能性が高いと思われた。
ホテル通りで上手くいかなくても、本家近くで茉莉花が「もうこれ以上歩けない」と泣き言を言えば、必ず朋宏は部屋に上げてくれるに違いないのだから。
◇
第一段階(ファーストチャンス)、ホテルが通り。
結論から言うと、敢え無く失敗だった。
二十歳になったばかりの茉莉花にとって、それがどんなに恋い焦がれ、子どもの頃から夢中だった朋宏が相手であっても、自ら誘ってホテルに入ることが出来るほどの勇気は、彼女はまだ持ち合わせてはいなかったのだ。
もちろん朋宏は茉莉花の胸の内に気付く様子もなく、至って普通に、怪しく光るネオンの中を歩くのだ。しかも呑気に「ネオンサインが綺麗だね」などと言いながら。
もぉ、朋兄ィのバカ
けれど茉莉花は全くめげてはいなかった。
寧ろホッとしていたところも多分にあった。
どんなに朋宏のことが好きだからといって、自ら誘って、そんな女だと思われるのも、それはそれで困る訳で、それよりなにより、もっと会話を楽しみたかったし、朋宏の気持ち、あのとき(二年前のあの日)のことを確かめたかった。
何事も無いままにホテル通りを抜け、海岸沿いの国道を歩いていると、時折海から抜ける涼しい風が頬を優しく撫でるのが心地好い。
間もなく日付も変わろうという深夜の国道沿いは、たまに高速で過ぎ去っていく車のヘッドライトに照らされる二人以外、他に人影もない。
「ねぇ、朋兄ィ、訊いていい?」
「なんだい?」
「あのさぁ、朋兄ィって、昔のことって、覚えてる?」
「どうした? 藪から棒に。今日だってさっきまで昔の話、散々していただろ?」
「ううん、そうじゃなくって、昔っていうより、二年とか三年前とかの話」
本当は二年前のあの日のことを聞きだしたい茉莉花だったが、アルコールの力を借りていても、そのことを直接聞くには、まだ恥じらいがあった。
「二、三年前かぁ・・・。そうだなぁ・・・、あっ、二年前っていえば、ちょうど今と同じ時分にこっちに帰って来てたよな、俺・・・」
‼
チャンス到来!
茉莉花は跳ねて胸から飛び出しそうになる心臓の鼓動を抑えつつ、如何にもシレっとした調子で頷き返す。
「そういえばそうだったよね。ちょうど二年前だよ。もう二年かぁ、そんなに経つんだねぇ」
いいよ、朋兄ィ。そのままあの日のことを、思い出してっ。
茉莉花の念が通じたのか、瞬間、朋宏が目を見開いて、茉莉花の方に顔を向けた。
「そういえばさ、二年前も、茉莉花ちゃんと二人で、この道、歩いてなかったけ? あのときはこんなに遅い時間じゃなかったけど・・・。確か、茉莉花ちゃんの塾帰り、たまたま駅前で見掛けて、俺の車、海岸に停めて、この辺りを少し散歩したんだっけ・・・」
きたーっ そう、まさに、その日のことよっ
もう居ても立っても居られない茉莉花は、思わず叫ぶように言ってしまった。
「そ、そうなのよっ。覚えてる? あの日、朋兄ィ、あたしにキスしたことっ。それから、『もうちょっと大人になったら』って言ったことっ」
茉莉花の問いに、一瞬ハッとした表情を浮かべた朋宏が、少し間を置いてから、きまり悪そうに「そんなこと、あったよね・・・。茉莉花ちゃんのおでこにキスしたかもな、俺・・・。ごめん、まさか、怒ってる?」、そう言って左の眉を上げながら、上目遣いに茉莉花の表情を窺った。
あれ? 朋兄ィ、何か勘違いしてる・・・?
茉莉花が『違うの、怒ってるんじゃなくって・・・』、そう否定しようと思ったその前に、朋宏の方が先に言葉を続けた。
「ごめん、あのとき、気を悪くしたんなら、謝るよ。ほんと、ごめん。従兄妹同士なのにな・・・。言い訳するつもりは無いのだけど、何ていうか、つい、出来心ってでもいうのかな・・・」
グウォーン ぐうぉーん バキバキ がらがら ガッシャーン・・・
茉莉花の脳内で何かが盛大に揺れ、そして崩れ落ちる音が鳴り響いた。
出来心・・・できごころ・・・デキゴコロ・・・
◇
◇
◇
◇
僕は、何やら意味の分からない不安に駆られて、PCのキーボードを叩く手を止めた。
そして、机の端に置いた携帯電話を手に取り、恐る恐る「カクヨム誕生祭2023」のサイトを開く。
『KAC2023 第4回 《深夜の散歩で 起きた出来事》』
出来事・・・できごと・・・デキゴト
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
嗚呼―――――っ
そりゃあ、そうだよなぁっ
お題『深夜の散歩で 起きた出来心』じゃあ、犯罪を助長する作品ばっかりになっちゃうかもだしねぇ。
このお話の続きは、また今度、書き直そう・・・。
失礼いたしました。
おしまい
出来事 ≠ 〇〇〇 (KAC20234真夜中の散歩で起こった出来事) ninjin @airumika
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