ドッペル邂逅

大柳未来

本編

 深夜、寒空の下。俺は海沿いの遊歩道をダウンを着込んで散歩していた。

 理由は明白。大学生の長期休暇ってもんは、大体昼夜逆転を引き起こすからだ。


 飯食ったのに眠れないし、ゲームしてても不運の連続でやる気が萎えてしまった。こういう時は思い切って外の空気を吸いに行くに限る。


 ゆっくり歩きながら深呼吸。深夜の冬の空気ってのはいい。なんていうか……キレがあるんだ。

「そうだな。新鮮な感じがしてすっきりする」

 そうそう。すっきりして頭がクリアになるんだよ。

 ……えっ?

「えっ、どしたん?」

 俺は左隣から声が聞こえたのでそちらを見る。そこには『俺』がもう一人いた。


「何だお前!!?」

「???」

「お前、何者だ!?」

「何て言ってる?」

「お前は誰だって聞いてるんだよ!!」

「? いや、ちゃんとしゃべってくれなきゃ分からん!!」


 何で話が通じないんだよ!!

「なぜって、今みたいにちゃんと話してくれなきゃ分からんからだろ」

「は? 俺は今何も――」

 ん? まさか……?

 一足す一は?

「二だ」

「七七?」

「……」

 七七?

「四十九」


 心は読めんのに会話はできないのかよ!? すごいんだかすごくないんだかよく分かんないな……。

「まぁコミュニケーションは取れるんだから良いだろ」

 いや、俺はさっき『お前は何者なんだ』ってめっちゃ聞いてたんだよ。

「俺はお前だ。お前が悩んでそうだったから話だけでも聞いてやろうと思ってな」

 はぁ……? 答えになってないな……。

「とにかく。こんな時間に目的無く出歩くなんて悩んでる人間しかいない。俺が手助けできないかと思ってな。話してみろよ」


 薄気味悪いと思うのが普通だろう。

 でも俺はコイツの言葉を、なぜか自然と受け入れてしまっていた。話し相手が欲しかったのかもしれない。

「確かに、お前友達全然いないもんな」

 うるさいな!

 そうだ、コイツ心を読んでくるんだった。自分を丸裸にされてるみたいで……最悪の気分だった。


「……」

 学習したのか、今の気分についての言及には何も反応してこない。

 一旦ため息を吐き、目下の悩みを一応伝えてみようと思う。

 俺は眠れなくて困ってるんだよ。昼夜逆転しちまってな。

「それは悩みの結果生じた事象であって、根本的な悩みの告白ではない」

 いや、それぐらいしか悩んでないんだよ。


「それは嘘だ。君は気にしてる。自分の無為な時間の使い方を。君の数少ない知り合いは将来のため留学を検討している。就活に備えてるというわけだ。それに抱えてる悩みを告白する友人も作れていない。知り合いレベルの者はいるが所詮知人。君は今孤独だ」


 そいつは真っすぐな目で俺を見ながら、歩き続けている。喋ってることも、全て真っすぐで正論。

「君は君自身を変えられないまま、貴重な時間を浪費して悩んでいて相談する相手もいない。その結果がこの深夜の散歩というわけだ」


 そんな正論をぶつけられたって解決できれば苦労しないっつーの。

「それはその通りだな。そこで一つ提案だ」

 提案?

「そう、俺が代わりに全部辛い事を引き受けてやるよ。勉強も、他者とのコミュニケーションも、バイトも俺がやる。お前は家でずーっとゲームをしてればいい。どうだ? 魅力的だろ。帰省も代わりに行ってやる。両親も見違えた君を見れば心配しないだろう?」


 いいな。それ乗っ――。

 そこまで思いかけてふと立ち止まる。

 ――クソだな。それは。


「俺の方がはるかに要領よくこなせる。俺は他人に臆せず話せるし、お前みたいに面倒臭がらず、コミュニケーションにかかるコストも惜しげもなく負担できる。孤独から抜け出せるぞ?」

「それはお前が友人作るのが上手いだけで、俺自身の悩みは一切解決できてないだろうが。大体、人に任せるなんて一番の悪手だろ。お前がいきなりいなくなった時どうすんだ?」


 俺のそっくりさんは黙ったままだ。

「あっそうか。口に出すと何も伝わんないんだったな」

 どっか行け。もう一人の俺。俺はもう帰るぞ。

 俺が振り返り、引き返そうとすると景色が一変する。


 さっきまで延々と遊歩道を歩いていたはずなのに、俺は桟橋の一番先っぽまで辿り着いていたらしい。風が強く、深夜の海は黒く染まりうねっている。あと一歩前に踏み出してれば、この漆黒の海に飲み込まれていただろう。

 もう一人の自分も消えてしまっていた。


 ドッペルゲンガーという都市伝説を聞いたことがある。もう一人の自分と出会う死ぬという怪談だ。

 この死ぬというのは、偽物の自分に人生を乗っ取られてしまうということだったのかもしれないな。


 今となっては確かめられない、提案に乗った場合の妄想をしながら俺は引き返し始めた。

 あと一歩だったのに。

 波にまぎれ、そんな雑音が聞こえた気がした。

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