グッドモーニング・ハーヴェスト!
つくも せんぺい
金平糖の灯り・粉砂糖の眩しさ
これはアタシ達が朝を収穫するまでの物語だ。
◇
「やっと着いたー!」
アタシは天高くそびえる大樹を見上げ、そう声を上げた。
ホント、ここまで遠かった。ほとんどパパの腰のせいだけど……。
まぁ本番はここからよ! だからここまでが大変だったとしても、細かいことは気にしない。
振り返れば、あんなに大きかった街が小さくなっている。
「ねぇピッカ、ホントにこの木を登るの? やっぱりピッカのお父さん待った方がいいんじゃない?」
「ダメ、パパは腰を痛めてるもの。いつになるか分からないわ。その間にみんな夜に呑まれて、朝のこと忘れちゃう」
アタシに呼びかけたズーズーは、大きなリュックを背負いなおしながら同じく大樹を見上げる。
「そうかなぁ? 街もライトで明るかったし、みんな元気だったよ?」
ズーズーはリュックの重さに足音がズルズル鳴る。だからズーズー? 違う違う。でも歩くとズルズル、走るとズンズン鳴るわね。音に似合わない速さで木の周りに入り口がないか調べる彼は、結構頼りになるのよ。
「大丈夫かなんて分からないじゃない! それにアサの実はあんな金平糖みたいなちっちゃい明かりじゃなくて、もっとぴっかぴかよ!」
「それはそうだけどさ……。あ、あったよピッカ」
さっすがズーズー!
アタシが木を見上げて仁王立ちを決めている間に、もう入り口を見つけてくれたわ。
アサの実や花がなる木には、パパみたいな
木の中はまっ暗だけど、外に通じるわずかな部分から、らせん状に坂道が壁沿いに続いているのが見えた。真ん中は空洞。大昔の収穫者が通るために造った道なのか、最初からあるのかは分からない。それでも枯れずに堂々とそびえ立つ大樹が不思議だ。
「よし。行くわよ! ズーズー、あれ出して」
「はい、ライトね」
今、言うよりも早く手渡されたかも。
幼なじみのズーズーは昔からアタシと遊んでいて、小さい頃から色んな道具を作ったり、でっかいリュックも背負っていた。そこから何でも出して冒険ごっこもしていたからか、あれって言ったらなんでも出てくる。
でも……、
「ありがと。でもホント、リュックじゃなくてもう背負う引出しよね、それ」
「あ、それ二度と言ってはダメ。リュックだから」
たくさん詰めたい。でも整理したい。
その使い勝手を叶えるために、ズーズーのリュックは引出しが沢山ついている棚のような見た目になった。その引出しを開けるのだって、わざわざ下ろさなくていいように、横にアームがついている。コントローラーは多分ポケット。
そんな格好良くはない見た目を気にしてはいるのか、引出しっていうのは禁止だ。アタシは何回も言うけど、アタシはいいの。
「うん。ここまで来たから、後はすぐよ」
「ホントに?」
「この街のアサの木は、パパと一度来たことあるから間違いないわ!」
アタシはズーズーに胸を張り、先を歩いた。言った通り、大樹の中はただ道が続くだけで何もない。壁の手触りは木というよりも、きめ細かい砂糖のようにサラサラだ。
ライトの明かりの範囲だけ明るく、足元に気を付けながらアタシ達は歩いた。アサの木って名前が似合わないほどの暗闇は、この木の実が収穫期を過ぎても放置され、皮が厚くなってしまったせいだろう。
やがて、道のりの中腹を超えて息も上がって来た頃、ソイツはいた。
「クライヨーーォォ、ダレカァー」
ブツブツと
夜に吞まれた住人が堕ちた果て。夜明けを邪魔する番人。
光を閉ざす
もう! 居るとは思っていたけど、一本道では厄介ね。
しかも、影がないのに影が伸びたようなあの長い脚……
「ピッカ!
「しっ! 足長なら気づくと追ってくる。ライト消すから、あの足の間をくぐるわよ? アタシが先に行くから、あれ、出して」
「ええ?! ……分かった。気をつけてね、はいこれ」
心配そうにズーズーが出したのは、今度はポイントライト。先にアタシが進んだら、後ろを向いた足長に気づかれないように一瞬チカっと合図すればいい。さすが。
しぃっと、口元に人差し指を立て、機嫌よく片目をパチッと閉じ、彼に頷く。
ライトを消すと、その闇よりも深い色で、足長が浮かび上がった。暗闇にアタシは息を殺して、そろりそろりと足長の脚の間を抜ける。
クライヨー、ダレカーと助けを求めるような声。
邪魔する癖にとは思うけれど、元は多分、あの街の住人だ。そして暗幕になっても、アサの実を収穫すれば戻れるハズ。待っててと、アタシは緊張で握っていた手に更に力を込めた。
……よし、くぐれた。
ズーズーをポイントライトで呼ぶ。通じたかは分からないけど、彼の特徴的なズルズルという足音が耳に届いたから、伝わったんだろう。
……ん? 足音ですって?
……あ!
「ズーズーのバカ!」
「ミツケタァーーーーァァァァァッ」
「うわうわうわ!」
アタシの呼びかけ、足長の吠える声、ズーズーの慌てる声が重なった。ライトを点けてズーズーを確認すると、彼は足長に体を掴まれ、重たいリュックごと持ち上げられている。
「うわぁぁぁ!」
慌てて駆け出すけど、遅かった。ズーズーはそのままらせん通路の中央に空いた空洞に放り投げられてしまう。
「ウソ! ズーズー!」
落ちていくズーズーに手を伸ばすこともできない距離。アタシは叫ぶしかできなかった。そこに、
「だいじょうぶーーー」
と、大きな声が届く。聞き間違えはしない。ズーズーだ!
下をのぞくと、彼はリュックのアームで道の縁を掴んで、落ちるのを防いでいた。空いた手を振り、無事を教えてくれる。
「ピッカ! そのまま走って! 今度はキミを追ってくる。ボクはこのまま通路の縁をアームで掴んで上るから!」
「わかってる! でもズーズー、今あれ出せる?!」
二本のアームを操作しながら、らせんの通路の縁を掴んでズーズーは上へ上へとズンズン移動していた。ほっとしながらもアタシは足を止めず、ズーズーに呼びかける。足長はライトを持ったアタシを追いかけてくるけど、一人なら速さではなんとか負けない。
「物は出せるけど、ごめんピッカ! さすがに今はあれじゃわかんない!」
「もう! アイツの足を引っかけるか、絡ませたい! ある?」
「ある! チェーンは?」
「ダメ、勢いで木を傷つけたくない!」
「じゃあ鞭もだめか。なわとびくらいしかないよ!」
「なんでそんなのあるのよ! でもそれでいい!」
サードアーム! とか、格好の良い掛け声が聞こえるけど無視。アタシはさらに速度を上げて、距離に余裕をもって足長を振り返る。
「わぁお! 大好きズーズー! ドンピシャ!」
その瞬間、手元に飛んできたのはなわとびだ。ビニール製。ズーズーのリュックから伸びた、三本目のアームからのパス。その見事さに思わず興奮で声が出る。
アタシは結び目を掴み、ほどきながら駆けだす。
なんでかしら? 昂って頬が熱い。
「クラァイヨォーーー!」
「だいっじょーぶ! アタシが明るくしてあげるからね!」
足が長いのはうらやましいわ。でも、長すぎると手が届くまでが遅いわね。
アタシは二度目となる足長の股下とのすれ違いざまに、体を倒して滑り込む。勢いをそのままに、なわとびの片方をソイツの足首にたたきつけ、しっかりと絡ませた。けれど、ビニール材質のなわとびは伸びて、転倒には至らない。
「――――こんのぉ!」
アタシは素早く起き上がり、ジャンプ。らせん通路の中央空間へ跳ぶ。
大丈夫! ズーズーが出したのだ。伸びても切れたりしないはず!
その落下の勢いは、軽いアタシでも足長を引きずり倒せるだけの力を生み、転倒させた。アタシはそのまま振られるなわとびの力を利用して、通路へ飛び戻る……。
っぶない! 下から上に戻ったから距離が遠くて、片手がギリギリ引っかかってくれた。そのまま通路によじ登って、一連の出来栄えにズーズーに思わずVサイン。
「……すっごい。じゃない! ピッカ早く上へ!」
「わかってるわよ!」
……危ない。我ながら素晴らしいアクションの
背後から足長の呻きが聞こえるけど、もう足音はしなかった。
「着いた……! あった、アサの実」
「ハァハァ……、あぁ怖かった」
頂上だ。そこにはアタシよりも大きな、桃のような実が、台座のようにうねる枝の上に実っていた。
星空を映す鏡のように、光沢のある夜空色の皮。まるで宝石が飾られているみたい。天井のない星空の下、アサの実はその美しくも分厚い皮で身を守っている。
少しして、ズーズーも上ってきて、弱気な一言にアタシは何言ってんのとフンと笑い、実にまた意識を向けた。
「これ、手でいける?」
「ううん、パパじゃないと無理。ここのは皮を剝くだけなんだけど」
「じゃあ、はい」
「ん」
頼りになる
よく持って来れたわねと驚くと、彼は組立て式に作り変えたと得意気に鼻をこすった。
大きな見た目よりもずっと軽い薄刃。でも振り方は限られるわね……。
「下がっててね」
「わかった。がんばって」
アタシはズーズーの足音を確認して、腰にナイフを構える。そして……
「おはようございまーす!」
回転するように、一閃。その分厚い皮が深く切れ、自重でゆっくりと切れ目からめくれる。まだ生まれたての、柔らかい明るさの光が漏れる。
もう一閃。今度はめくれた皮を切る。だんだんアサの実は、眩い光をたたえ始めた。
「うん、やっぱり夜は明けるから良いのよね」
アタシは街灯とは違う明るさに満足し頷く。
何度か繰り返し、皮を剥いでいった。
途中でズーズーからゴーグルが投げられ、さすがと笑う。
こうしてアタシ達は無事に、朝を収穫した。
また種が落ちて、新しい実ができるまで、一日のサイクルは保たれる。この街はもう大丈夫だ。
◇
朝の訪れは、金平糖みたいだった街の灯りよりも、もっと小さくきめ細かい光を家々が反射して、粉砂糖を振りかけたように見えた。眩しくて目を細めちゃうわね。
その仕事の成功に満足し、アタシ達は休憩もそこそこに木を下りていた。その途中には、さっきの足長。長かった足はすっかり短くなり、ひげを生やした顔が見えるようになっていた。
「良かった、ちゃんと戻った。おじさん大丈夫?」
「ううん……、ここは?」
「アサの木だよ。おじさん、夜に呑まれてたの。
「いや……」
アタシは簡単に事情を話す。ズーズーがその間におじさんに水やウエハースなんかを渡していた。
「そっか。ねぇおじさん、このまま一人で街に戻れそう? アタシ達はできればこのまま、次の夜明けに向かいたい。だから宿屋のパパに伝えてほしいの、腰痛めて寝てるから分かるわ。あとマッサージ師か針師を知っているなら、治療をお願いしてほしいんだ。いいかしら?」
「ありがとう。もちろんだとも。マッサージ師なら私だ。治療もお礼にさせてもらうよ」
「ホント?! ありがとう!」
これで、次の街で朝を収穫する頃には、パパとも合流できるかもしれないわ。木の出口まで一緒に下りて、アタシ達はおじさんと別れた。
見送ったのを確認してから、ズーズーがアタシに不安そうに声をかけた。
「ねぇ、ほんとに行くの? 次もボク達だけで」
「当たり前でしょ?」
「お父さん治療できるなら、待っていようよ」
「ズーズーが居れば大丈夫でしょ? アタシ達二人なら」
「それを言われると……、そうかも知れないけど」
少し顔を赤くしたズーズー。頼りがいがあってかっこいい。でも、かわいい。
早くアタシの目の高さ位に、あなたの鼻がくればいいのになって思う。
また次の街に向かう前に、アタシ達は眩しい粉砂糖を見つめながら、なんでもない話をした。
「ねぇ、アタシ良い決め台詞考えついちゃった」
「ふーん? どんなの?」
「これからも、アタシ達の戦いは続くのだ! みたいな?」
「ボク達、戦ったりはしないじゃん。ピッカは
そう思い返して、力なく笑うズーズー。次の街が不安なのかしら?
アタシはそんな彼にニィッと笑いかけ、格好つけながら次なる決め台詞を語る。
「なぁに言ってんの。こんなのただの夜の散歩よ?」
うん、悪くない。
ズーズーもニヤッと笑う。上々ね。
「アハッ、ホントに? ねぇピッカ、次はまた実なの?」
「ううん、近いところだと花よ。今度は剥くんじゃなくて咲かせるの。終わった頃にはパパも来るわよ」
「そうだね、どうやるの?」
「きっと長い夜で寒くなってるから、温めるの」
「火で?」
「そんなわけないじゃない、燃えちゃうわよ。ホントズーズーって、賢いのにバカなんだから……。まっ、行けば分かるわよ」
アタシ達は笑いながら、話しながら、朝日に背を向けた。
さぁ、また次なる
眠った朝を収穫するのだ。
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