灰色の春。

さんまぐ

灰色の春。

何となく育った。

それ以外の言葉はなかった。

中学の頃、進路希望を聞かれても答えに困り、担任の言うままに学校見学に行き、塾講師の言うままに受験をして合格をした。


そして入学した高校。

ドラマなんかで見るような桜色の春なんかはなかった。

色めきだつような青春はなかった。


クラスメイトには青春があった。学業に部活に恋に様々な青春があった。

でも自分にはなかった。


また進路活動の時期がきた。

今回も担任の言うままに学校見学に行き、塾講師の言うままに受験をして合格をした。


大学生になった。

親元を離れて一人暮らしをする事になった。

テレビはない。親に「テレビは買えば?」と言われたが部屋が狭くなるからと断った。あるのはノートPCで勉強にも使うしラジオや動画サイトを見て過ごす。

そういえば今回も桜色の春なんて無かった。

1年目の年の瀬にサークルの飲み会で彼女が出来た。

別になんとも思っていなかったが好意を向けられて悪い気はしなかったので受け入れる事にした。


彼女の望むように連絡をした。デートにも行った。キスも行為もした。

バレンタインには手作りチョコを貰い、ホワイトデーには少し見栄を張ったお返しもした。

彼女はうちに泊まりにくるようになる。

何もない部屋だがPCをラジオ代わりにして音楽を聞いて過ごす。


今も行為後で彼女は横で寝息を立てている。

立春は過ぎた。もうすぐまた灰色の春が来る。

月明かりは眩しくて眠れない。


なんとなくだがワンルームのベッドにいる彼女を見た時に息苦しさを感じて散歩をする事にした。

一瞬起きてしまった彼女には「コンビニに行ってくる。何か飲み物を買ってくる。だから気にしないで寝ていて」と告げて夜の闇に飛び出した。


駅徒歩20分。

見に来た両親は遠いとボヤいたが自分には問題はなかった。10分も歩けば商店街に行ける。


もう夜は更けていて街灯の灯りと月明かり以外は何もない。

ほぼ無音の世界。

まだ肌寒いからか贅沢な家はエアコンを使っていて室外機の音がする。


世界から切り出された、孤立した気になってしまう闇と静けさ。

コンビニはもうすぐの所だった。


煌々としたコンビニに何故か近寄りがたい気持ちになって公園に寄り道をしたらまだ肌寒いのに酔っぱらったスーツ姿の女が眠っていて不用心に思えた。

このまま放置するのもはばかれるが何かして関りを持つのも嫌で困っていると丁度巡回の警察官が通りかかる。怪しまれつつも財布の学生証を見せてコンビニに行く最中に見かけてしまったので困っていた。後はよろしくと伝えると少し居て欲しいと言われる。

確実に厄介ごとに巻き込まれてしまった。


警察官は女性に声をかけると女性はすぐに起きて警察官の質問に答えている。

どうやら置き引きなんかに遭っていないか、何かおかしい所は無いかと聞いていて、女性は財布を見せて身体を触りながら問題ないというとようやく解放される事になった。


気付くと切り離されたような孤立感はどこかに行ってしまっていて、そうなるとコンビニに行くのも嫌ではなくなった。

コンビニでお茶を買って彼女の分の飲み物も買って帰ろうとした時、公園では先程の女性が泣いていて警察官が困っていた。


酔っ払いの声は大きい。

「人生こんなはずじゃなかった」

「あれもしたいこれもしたいって思っているだけで気づいたら30になっていた」

「旅もしたかった。美味しいものも食べたかった」

そう言って泣く女性の「自分で考えて決めなかった事を後悔している」と言った言葉が胸に刺さった。


自分も将来、後10年もしたら同じことを思うのかも知れないと思うと怖くなった。


女性は困惑する警察官がいるのにお構いなしに「お巡りさん、春が灰色なんですよ。わかります?」と言って泣いていてその言葉に足を止めてしまった。

警察官は「落ち着いて」「声が大きくて皆起きちゃうよ」と言っている中、「私、朝までここに居る。朝日を見る」と言った。


何故朝日?と思っていると女性は聞いていないのに警察官に「朝日が好きだったんです。一日の始まり!凄く綺麗なんですよ。静かな町の中で見る朝日。あれが綺麗ってまだ思えるなら私頑張れます」と説明をする。


それを聞いてスマートフォンを見ると時刻はもうすぐ5時だった。

日の出を調べると6時だった。


後1時間。

1時間後、スーツ姿で警察官を困らせる女性は朝日を見てどう思うのだろうと考えた。

自分と同じ灰色の春が見える女性。

その女性が見たいと思える朝日。


それを見たら自分の中で何かが変わるのだろうか?

春色は映像の向こうのような鮮やかな色になるのだろうか?


そう思ってしまったら家には帰れなくなった。

徘徊するように歩いていると案外人の流れが出来てきて自分だけの世界、取り残された世界、孤立する世界ではなくなってしまったが、かすかに香ってくる花の香や清々しい空気を感じながら徐々に明るくなる街の中に居ると目覚めるような感覚が生まれてきた。


そして6時。

朝日を見た時、初めて「綺麗だ」と思い、心のままに呟いていた。


その時、気が付いた。

ただただ流されるだけの日々とは違い、今は自分で外に出て自分で朝日を待った。

だから朝日に色がついていた。


ただこれだけの事なのに目覚めた感覚に泣き出したくなるような感覚が自分の中にあった。


家に帰ると彼女は起きていて自分を心配してくれていた。


初めて彼女の顔を見た気がした。

ジッと顔を見ていると照れた彼女が「どうしたの?」と聞いてくる。


「色々考えたり話したりしたいんだ」


今までの流されるだけの自分が良ければこれで別れる事になると思った。

行動を起こそうとする自分でも良ければこれから始めていきたいと思った。


「いいけど、とりあえず何時間外に居たの?身体冷たいから布団で温かくしようよ」

今までなら従ったが今は別の考えが居た。


「朝風呂に行かない?近所の銭湯で朝風呂がやっているよ」

そう言って逆に彼女を起こした。


たったこれだけで世界が輝いて見えた。

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灰色の春。 さんまぐ @sanma_to_magro

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