第2話 河童の里


 3連休の初日、俺は朝からレンタカーを借りて、桜子とクロを乗せて高速道路を走っていた。


 桜子の里帰りのためだ。河童の里から、急に呼び出しがかかったという。


 手紙でも来たのかと思ったら、仲間からのメールだという。河童でもケータイ持ってるやつが、桜子以外にもいるのか。


 桜子のスマホは、俺が買ってやったんだ。河童は口座もクレジットカードも持てないから、自分ではスマホを買えない。払込用紙で支払う方法もあるが、河童には名字がないから、購入申し込みがそもそもできないのだ。


 どうして「桜子」という人間の名前なのか、聞いたことがある。そしたら、大昔に河童は人間と仲が良かったから、人間の名前をつける習慣になったんだとか。


 「河童の里」と呼ばれる場所は、日本各地にある。その多くに、本当に河童の里があるのだそうだ。


 ただ、結界が張られていて人間が入り込めないようになっているらしい。やっぱすげえな、河童。


 高速を降りてから、「河童の里」と呼ばれている市のはずれにある山間地を、俺たちの車は走っていた。おもむろに桜子がスマホで電話を掛ける。


「もしもし、桜子だよ。もうすぐ分岐点につくから、そこの結界を解いてくれない?」


 河童の里にもケータイを持っているやつがいるのか。っていうか、こんな人家もない山間地でよく電波が通るな。


 少し行ったところで左の道に入ってくれと桜子が言うので、そのとおりにした。この道が、普段結界を張って見えなくしている道だという。いかにもといった、アスファルト舗装もしていない道だった。


「見えてきたよ、河童の里」


 木造家屋が点在する集落が見えてきた。家屋というより、平屋の掘っ立て小屋なんだが。まるで江戸時代かそれ以前の時代に迷い込んだみたいだ。


 集落の入口に、5、6人の河童とおぼしき人物が待ち構えている。ここが河童の里でなければ、人間だと思っただろう。


 俺は彼等の前で車を停め、車から降りて挨拶した。


「初めまして、飛島高雄とびしまたかおと申します」


俺が頭を下げると、先頭にいた爺さんが、

「ようこそ、お客人」

と、笑顔で出迎えてくれた。


「里の長老の甚太郎じんたろう爺さんだよ」


 桜子がそのほかの河童たちも紹介してくれたが、1人を除いて全員日本人名だった。残った1人は、日本人顔なのに「ジェイムズ」という名前だったので、俺は吹き出しそうになったが何とかこらえた。


「どうぞこっちへ」


 俺たちは、掘っ立て小屋の中でも割と上等な建物に案内された。


「集会は夜になりますけえ、しばらくこっちでお休みくだせえ」


 お茶と茶菓子が出されたが、やはりというか、茶菓子はきゅうりの漬物だった。まあ、和菓子や洋菓子の類いがこんなところにあるはずもない。


「ねえねえ」桜子が長老に尋ねた。「私たち、集会に呼ばれたの?何も聞いてないんだけど」


「まあ、夜まで待ちなせえ。みんな帰ってくるけえ」




 俺と桜子とクロ以外、みんな集会の準備とやらで出て行った。


「集会って、何のために集まるの?」

俺の問いに、桜子は首を傾げた。

「何か大事なことを決めるときに集まるんだけど、私は何も聞いてないんだ。集会があるって話すら初耳だよ」


 河童の里は直接民主制なのか。でも桜子に議題を伝えてないってことは・・・。


「・・・何か、嫌な予感がしないか?」

桜子はハッとしたように、

「もしかして、私たちのこと?」


俺は頷いた。

「河童と人間が付き合うのを認めるか、とか」


「でも、過去にも人間と付き合った河童がいるって聞いたよ。集会参加資格は15歳以上で、私が参加したのは過去2回なんだけど、そういうのが議題になったことはないし」


「う~ん、気のせいかな?」


「でも言われてみれば、人間が河童の里に招待されたのって聞いたことない。もしかして、初めてなのかな?」


「そうだとすると、少なくとも俺は関係してるってことになるのかな?」




 夜になり、俺たちは「集会場」といわれる大きな建物に案内された。さっきの小屋では明かりは行灯あんどんだったのだが、集会場は電灯だったので、俺は驚いてしまった。


 その上、何個か会議用テーブルがセットされていて、その上にはタブレットPCが何台か置かれているじゃないか。電源はどこから引いているんだ?


 ・・・と思って良く見たら、隅の方に5台位自転車が置いてあって、スタンドを立てたまま、それぞれ河童が立ち漕ぎしている。


 自転車にはケーブル経由でバッテリーが接続していた。


 人力、いや河童力充電かよっ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る