オカルトダイバー 2 河童の里祭

@windrain

第1話 生霊


 海に飛び込んで、深く潜るように・・・。


 そうやって俺はクライアントの心の中に入ってゆく。




 依頼があればまずSNS上でやりとりして、概要を把握してから関与するかどうかを決める。依頼が重なった場合は、緊急性の高いものから対応の優先順位を決める。


 対応はなるべく土・日・祝日に行うことを原則としている。本業に支障が出ないようにするためだが、予想外に依頼が多くなってきたため、平日の勤務後に対応したり、遠隔地からの依頼については、有給休暇を取得して駆けつけることもある。


 「よろず怪異あやかし相談引き受けます」


これが俺が代表を務める『飛島高雄とびしまたかお&桜子&クロ共同WEB調査事務所』のモットーだ。


 ちなみに、桜子というのは俺の彼女で、クロというのは俺の飼い猫だ。



 「河童」と「猫又」なんだが・・・。



 桜子は場末のキャバクラで働くキャバ嬢だった。そこで俺は客として出会ったのだが、彼女はそこをやめて今は俺の安アパートで一緒に暮らしている。


 俺の方は中小企業で働くサラリーマンで、さほど高給取りでもないんで、彼女を養っていくのはちょっと心許ない。


 それでアルバイトというわけでもないが、ネットでオカルトまがいの調査事務所を開設したのだった。


 今日のクライアントは、女子大生だ。自分の部屋にいても、誰かに見られているような気がして眠れないという。


 普通の調査なら、盗撮カメラや盗聴器の存在を疑うところだろう。でもそれなら、普通の興信所に依頼すれば良い。


 そうではない何かをクライアントは感じているのだろう。それで怪異あやかし相談所として有名になりつつある我が調査事務所に依頼が来たのだ。


 俺はクライアントに大学の部屋を1つ借りて貰って、そこで調査を試みた。勿論、桜子とクロも同行した。


 まず桜子が、椅子に座らせたクライアントに催眠術を掛けて眠らせる。その後、俺はクライアントの心の中に潜り込むのだ。



 クライアントが彼女のアパートにいるのが見える。彼女は料理しているが、何度も後ろを振り返って見ていた。


 しかしが彼女に見えようはずもない。なぜなら、は常に彼女の背後にいるからだ。彼女の背中から生えているような黒い影、それは「背後霊」などという生易しいものではない。


 それは「生霊いきりょう」に違いなかった。いってみれば、霊体になったストーカーだ。盗撮どころか、直接相手に取り憑いているのだから、悪質極まりない。


 さて、どうしたものか。


 俺の武器は電撃だが、クライアントと深く繋がった状態で電撃を放ったら、クライアントにも影響があるかも知れない。


 俺が思案していると、生霊は俺に気づいたようだ。


 するとそいつは禍々まがまがしい表情に変わり、いきなり手のようなものが出てきて、俺に向かって何かを投げてきた。


 俺は咄嗟とっさによけたが、床に刺さったそれはナイフだった。


 おいおい、生霊って人に取り憑くだけが取り柄じゃなかったのかよ? 物理的な攻撃ができるなんて初めて聞いたぞ。


 俺は床に刺さったナイフを抜き取った。


 生霊は再びナイフを投げたが、俺はそれをかわさなかった。クライアントの心象世界に入った俺は実体ではないので、どんな攻撃も効かないからだ。


 逆に俺の方は、心象世界にあるものに自分の意思で触れることによって、それを使うことができる。例えば床を意識しなければ俺は浮遊状態のままだが、意識して床に足を触れることによって、俺は床の上に立つことができる。


 だから、ナイフに触れてそれを持ったのは、勿論逆襲するための武器として使用するためだ。


 生霊は、今ここにいない本体と繋がっている。だから生霊を攻撃すれば、本体に影響が出るはずだ。


 ただ心配なのは、このナイフが元々は生霊の武器だったことだ。自分の武器で自分が傷つくなんてことがあるのだろうか?


 俺はクライアントの背後から近づいていった。


 クライアントの背中から生えた黒い影のような生霊は、今は俺の方を向いている。そして立て続けに俺に向かってナイフを投げてきたが、それは全て俺の体をすり抜けていった。


 俺は生霊が生えている根っこの部分をナイフでスパッと切った。生霊は一瞬クライアントから離れて宙に浮かんだが、ダメージはない感じで、再びクライアントと結びつこうとした。


 俺はその瞬間、左手の平から生霊に向かって電撃を放った!


 生霊は床に落ちて、のたうち回ったかと思うと、煙となって消えた。


 ・・・生霊の本体、死んでないよな?

 加減して撃ったつもりだが、気絶ぐらいはしてるかもしれない。本体は今、何やってたんだろう? 家にいたのか、オフィスにいたのか、路上にいたのか?


 まあ倒れたとしても、誰かが救急車を呼ぶだろう。これに懲りて、クライアントにつきまとわないでくれたらいいんだが。



「人間って怖いよねえ」桜子が言う。「生霊になって他の人に取り憑いて、邪魔をする者にも攻撃してくるなんて、妖怪にだってなかなかできないよ」


「・・・そうだな」俺は同意した。「でもあの攻撃、心象世界の中でしかできないものなのかな?」


「現実世界でもできたんだよ。ナイフが1本、こっちにも飛んできたから」


「えっ、そうだったのか?」


「うん、クロちゃんが猫パンチではたき落としてくれたから良かったけど」


 あの生霊は、現実世界と心象世界の両方で敵を認識して戦っていたのか。・・・それをものともしない猫又、恐るべし。


「そのナイフはどこへ行ったの?」


「煙のように消えちゃった。高雄たかおさんが生霊をやっつけたと同時にね」


 俺は桜子にタッチパッドを持たせている。俺の視覚とそれを同調し、クライアントの心象世界で起こっている風景を、タッチパッドに映し出しているんだ。自分でもそんなことができるなんて意外だったが。


「ねえ、生霊のあの力ってさ、もしかしたら超能力みたいなものなのかな?」


 桜子の問いかけに、俺は考え込んだ。そうか、心霊現象だと考えるから怖ろしいもののような気がするんだ。超能力だと考えた方が、本質を捉えているような気がする。


「とすると、俺の能力も超能力ってことか。確かにそう考えた方がしっくりくるな」


「私、高雄の力は河童の遺伝子のなせる業だと思ってたけど、人間の遺伝子の力なのかな?」

「へっ?」


 桜子から、俺にも河童の血が流れているらしいことは聞いていた。俺の先祖の誰かが河童と交わったのだろうと。だからこの力は河童の力なんだとばかり思っていた。


「じゃあ、俺には河童の血は流れていないと?」

「いえ、河童の遺伝子は確実に感じるの。でも、力は河童の能力を超えている感じがするんだよね」


「河童の能力と人間の超能力者エスパーの能力が掛け合わさっているのだとしたら、もしかしたら俺って最強?」


 桜子は微笑んで言った。「そうかもね」


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