私、メリーさん

葎屋敷

もうすぐ結婚する予定なの

 私、メリーさん。

 今、あの人の家の近くにいるの。これから電話をかけるんだ。ずっと貴方と一緒にいたくて、我慢できなくて来ちゃったって!

 私はスマートフォンを取り出す。携帯ショップの店員さんに頼んで契約したスマートフォン! 新しいものか苦手な私でも使いやすい、シンプルなものらしい。

 私は電話帳からあの人の名前を探す。深夜帯で人通りがないのをいいことに、道の真ん中で立ち止まった。


 私うきうきしながら、電話をかける。プルルとコール音が一、二、三、あっ、出てくれた!


「私、メリー! 今、あなたのお家から五分のところにいるの!」


 お家から出ないように彼に言い含めて、私は電話を切る。あの人のお家はここから三つ目の角を左に曲がって、さらに二番目の角を曲がって右手のお家!

 なるべく早く向かおうとして、自然と早歩きになってしまう。早く早く、あの人のところへ。

 前を真っ直ぐに見て、私はスタスタ歩いてく。すると、あの人がサッと目の前の十字路を横切って言った。あんなに「お家で待っててね」って言ったのに、あの人お家出ちゃったんだ! 約束破って酷い! なにより、彼の向かう先に私はいないことが嫌だ。

 私は右から左へと歩いていったあの人の背中を追う。あの人は私に気づいていないのか、競歩みたいに速い。私は最早走って、あの人を追いかけた。少しずつ、少しずつ、その背中を……さあ、掴んだ!!


「私メリーさん」

「…………え、う、うわあああ!」


 その人は、私の言葉を噛み締めるように沈黙した後、断末魔のような悲鳴をあげた。まるで、夜道にヴァンパイアにでも遭遇してしまったような恐怖の悲鳴が私の耳をつんざく。その人は大きく背を反って、ついには後ろに倒れて尻餅をついてしまった。そして、じりじりと私から遠ざかろうと、お尻を地面に擦りながら後退するのだ。まるで、強盗にでも遭っているみたいに。


「や、やめて! な、なんで、殺さないで!」


 私は混乱した。その人がこんなに怖がっている理由がわからなかったのだ。

 しかも、その人は時々私の知らない言語を使って叫んでいる。なんて言っているのだろう?

 ――、この人は何を驚いているのだろう?


「あの、人違いしちゃってごめんなさい。私の恋人と、あなたの後ろ姿があまりにも似ていたから勘違いしちゃったの」

「うわわわわああああ、あ、あ……え? あなた、メリーさんじゃないの?」

「ええ、メリー・ワイドっていうの。なんで私の名前わかったの? 中国人って不思議な術を使うって聞いたけど、本当なの?」

「い、いえ。僕は中国人じゃなくて日本人です……。あ、田中って言います。その、語学留学でこっち来てて、その、散歩中と言いますか……」

「あら、日本人なのね! 私、スシ大好きよ」


 私は尻餅を着いてしまっているタナカに手を貸す。タナカは戸惑いながらも私の手を取り、立ち上がった。タナカは何かを聞きたそうに目線がウロウロとしている。

 どうしたのだろうと思ってじっとタナカを見つめて十秒程経った時、よく知っている愛しいあの人の声が私の耳を貫いた。


「メリー!!」

「ジョン!」


 その愛しい声に振り返る。そこに現れたのは、正真正銘私の恋人であるジョンだった。彼は家から走ってきたらしく、息を切らしている。私と彼は互いに走り、そのまま衝突するような勢いで抱き合った。


「メリー! 誰だこの男は!」

「あ、ジョン、こちらはタナカ。恥ずかしのだけれど、私、人違いでこの人に声をかけてしまったの。しかも後ろから突然! そうしたら、タナカは驚いて転んでしまって、今手を貸して起き上がってもらったところ」

「そういう事か! すまないね、えっとタナカ。ははは、うちの恋人が迷惑をかけてしまって」

「あ、いえ、そのお気になさらず……。えっと、ジョンさんと……、そちらメリーさん?」

「ええ、そうよ」


 私が肯定すると、タナカは私とジョンの顔を交互に見たあと、大きく目を見開いた。それと同時に、彼の強ばっていた肩から力が抜ける。


「そ、そうですよね!! ジョンさんと、ははっ、メリーさん! 素敵な名前ですね! すいません、その、夜の散歩だからって僕も怖がりすぎたみたいで!」


 タナカは先ほどまでの恐がり方が嘘のように友好的になり、笑みさえ浮かべている。日本人は内向的というけれど、タナカの笑顔は人懐っこそうだった。


「いや、夜は物騒だからね。気持ちはわかるさ。あっ、そうだ、君もだよメリー。ダメじゃないか、こんな夜遅くに出歩いて! もう二時近いんだぞ! いくら僕たちの家がそう遠くないからって――」


 ジョンは私にキツく言いつける。彼の言う通りだ。深夜の道を女ひとりで歩くなんて、危険もいいところ。それは私もわかってる。


「で、でもねジョン、聴いて! 私、どうしても言いたいことがあるの!」

「言いたいことって――」

「私と結婚して、ジョン! ずっと、ずっと一緒にいたいの! こうやって、夜に目が覚めた時、怖い夢を見て会いたい時、走ってあなたに会いにいかなきゃいけないなんて、いや!」


 思いのたけを叫ぶと、ジョンは私の腕を引く。ポスンと私は彼の胸の中へと落ちるように抱きしめられた。


「ああ、メリー! それは俺が言おうとしていたことなのに! こっちだって用意をしていたのに、君は勢いばかりで――」

「なによ、まさか断ろうっていうの!?」

「そんなわけないだろう!」

「じゃあ、ジョン――!」

「結婚しよう、メリー。俺は君に永遠の愛を誓うよ!」

「……っ! 嬉しい、ジョン、大好き!」


 私たちは互いに力の限り抱きしめ合う。こんな夜中の住宅街でプロポーズなんてムードがないけれど、それが気分屋の私たちらしい。

 静謐の夜、私たちの愛の言葉と、たまたま居合わせた素晴らしいタナカの拍手だけが木霊していた。



 *



「あ、あの本当に大丈夫です!」

「いや、やはり深夜にひとりとは、君が男でも危ないよ。送り届けよう」

「大丈夫です、大丈夫です! お二人で話したいことあるでしょうし、僕のことは気にしないでください、それじゃあ!」

「あ、ちょっと――」


 僕はジョンさんとメリーさんの制止を振り払い、その場を立ち去る。五メートルほど歩いたところで一度振り返り、手を振った。すると、二人は納得してくれたらしく、手を振り返してくれた。


「ふぅ、驚いたなぁ……。こんな夜遅くの散歩で、まさか人様のプロポーズに出くわしてしまうなんて……」


 虫の声も聞こえない静かな場所で、僕はそう独り言ちる。しかし、ここはアメリカだ。日本よりも開放的な性格の人が比較的多いと聞くし、こんなこともあるのかもしれない。留学二週間目にして体験するようなことでもないのだろうけど。

 僕はため息をつきながら、先ほど情熱的に抱き合い、最終的にキスに及んでいた二人のアメリカ人を思い出す。

 最初、メリーという女性に話しかけられた時、僕が思ったのは日本の有名な都市伝説「メリーさん」に殺されるのでないか、ということだ。

 とある少女がメリーという名前の人形を捨ててから、メリーを名乗る女からの電話攻撃を受け、最終的にその女は少女の家へと不法侵入して――という話で、諸説あるが背後に立たれたが最後、殺されてしまうらしい。

 あのジョンさん大好きなメリーさんが、かのメリーさんではないと悟った時の安堵感は、大学受験合格時のそれを遥かに超えるものだった。みっともなく命乞いをしてしまったことが恥ずかしくてたまらないが、いつか笑える日もくるだろう。そう楽観する。


 それにしても、随分長い散歩をしてしまった。家にいるのが落ち着かなったとはいえ、そろそろ家に帰った方がいいだろう。明日――いや、もう今日だけれど――の講義だって朝からあるのだから。

 僕は立ち止まり、踵を返して滞在しているアパートメントへ戻ろうとした。


 その時――、


「ねぇ、私メリーさん」


 心臓が止まり、恐怖が僕を支配した。


「――今、あなたの後ろにいるの」


 喉の奥がひきつる。僕は、いけないとわかっていながら、背後を振り返る。

 そこには、白いフリルのドレスを着た、厚化粧の若い女性がひとり、



 乾いた血痕がこびりついた斧を、こちらに振り下ろして――


「逃げろ――! タナカ!」


 恐怖で絞殺されるように気絶しかけたその瞬間、僕の背後に立っていた恐ろしい女が吹っ飛んだ。女の身体は空中で綺麗な弧を描き、約十メートル先でぐしゃりと音を立てながら転がった。

 僕は、女を吹き飛ばしたもの、車を見た。その運転席には、先ほどまで一緒にいたジョンさんがいた。


「ジョンさん!」

「まったく、心配だから追いかけてきてみれば、とんだ殺人鬼に追われてるな! 女を見る目がないのか、それともとんだアンラッキー野郎なのか、どっちなんだい?」


 ジョンさんは車の窓から顔と腕を出して、僕へと笑顔を向ける。さらにはウインクまでついていた。これほど安心感を覚えるウインクを、僕は知らない。


「ま、冗談は置いておいて……、警察に連絡しなくちゃいけないな。タナカ、正当防衛だったってこと、証言してくれるかい?」

「た、助けてもらったんだから当たり前です。ありがとうございます、僕、日本にいた時からあれに悩まされてて……」

「は? タナカ、それはどういう――」


 そこでぴたりと、ジョンさんの動きが止まった。彼の目は前方に向けられている。彼の顔は段々と色が失われていいき、それが僕の恐怖を煽る。彼の視線をなぞり、僕もまた前を見る。

 すると、そこには立ち上がった女がいた。車にはねられたからだろう。彼女の左腕をあってはならない方向に曲がっている。斧を持った右腕の肘からは骨が突き出し、口から垂れる血は滝のよう。足もまたまっすぐ立たず、膝が曲がったままだ。

 とても常人なら受け入れられない重症であるはずだが、その女は自分の怪我など認知していないかのように、僕の顔を見てにたりと笑った。


「タナカ、後ろに乗れ! あいつは!」

「は、はいっ!」


 僕はジョンさんの指示に従い、車の後部座席に乗り込んだ。すると、隣の席にはメリーさんが座っていた。


「ハーイ、タナカ。また会ったわねっ」

「め、メリーさん!」

「おい、お前たち、すぐ逃げるぞ! 喋ってるとした噛むからな!」


 僕とメリーさんと話していると、運転席からジョンさんから激しい警告が飛ぶ。直後、僕は強大な遠心力に見舞われた。車が反転し、そのまま初速からもうスピードで走り出したのだ。


「ちょっと、ジョン! 速度制限は守らないと――」

「よく見ろ、メリー! バックミラーだ!」

「………………え、嘘!」


 もうスピードで走るジョンさんに、メリーさんが注意するが、彼は聞く耳を持たない。その理由は、バックミラーの中にあった。

 メリーさんと僕が鏡の中を見ると、そこには、時速四十キロを超える車を生身の足だけで追走する、斧を持った女の姿があった。


「きゃあああああああ!」


 僕の口から悲鳴が飛び出していく。なんて悍ましい! 僕は人生で初めて、死ぬかもしれないと本気で思っている。


「ちょっと、タナカ! あの女なんなの!?」

「め、メリーさんです!」

「冗談はやめて!」

「ほ、本当にメリーさんっていうんです! 日本の都市伝説……、怪物モンスターなんです!」

日本の怪物ジャパニーズモンスター!? 嘘でしょ!? 私と同じ名前の怪物がいるの、日本って! そんなの嫌! 私が本場のスシを食べようと思っても、名前を言う度に怪物って思われてしまうの、ねぇ!?」


 メリーさん(人間)は僕の方を揺さぶって真偽を問う。彼女の信じられない気持ちもわかるが、あれは間違いなく電話をかけてくるタイプのメリーさんである。


「で、あの時速五十キロを超えてる怪物はどういう怪物なんだ!」


 運転席からの質問に、僕はここ最近調べたメリーさんの概要を頭の中で並べた。


「えっと、メリーさんは、標的に自分が近づいていることを電話で伝える怪物で……」

「アポイントメントを取るのね!」

「そ、そうです。それで、標的が望んでいないのに、勝手に部屋の中に入ってきて、あげくの果てには標的の背後にいて、そのまま殺してしまうっていう……」

「それがさっきの君の状況か!」

「そ、そうだと思います!」


 僕はかくかくと赤べこのように何度も頷く。車のように走れるというのは初めて知ったが、僕の知っているメリーさん(都市伝説)の情報は、ネットで拾えた情報ばかりで、量も質もあまりいいものとはいえない。


「ということは、あなたにもアポイントメントがあったのね!」

「は、はい。日本にいた時に毎日一回ずつ電話があって……。ちょっとずつ、でも明らかに僕の家に近づいて来てるんです。怖くて引っ越しも考えたんですけど、ちょうど語学留学に行く予定があったので、半ば逃げるつもりでアメリカに来ました。彼女、僕の家に向かってるなら、留守にしちゃえばいいやって」

「そんな危ない状況で、夜にお散歩なんてしちゃダメじゃない!」

「さすがに海渡ってくるとは思ってなくて油断してました! 実際、二週間なにもなかったし! かといって、日本で怖がってた夜を思い出すと、家でじっとしてるのも落ち着かなくて散歩しちゃってたんですけど!」

「もう、怖がりさんね!」

「う、すみません……って、うわっ」


 メリーさん(美人)からの糾弾に、僕は情けなくい思いでいっぱいになった。その上、車がカーブに差し掛かるものだから、激しい揺れに襲われ、口を閉じる他なくなった。社内で体勢を崩しながらミラー越しに後方を確認する。そこには、まだ衰えない健脚――ただし曲がっている――があった。夜の街を疾走する怪物、メリーさん(怪物)が未だに僕たちの車を追走しているのである。


「クソが! タナカ、あの怪物はどうしたら倒せる!」

「え、えっと、背後を取るとか」

「同じスピードで追いかけてきてるのにか!?」

「他には、えっとえっと、し、シュークリームを投げつけるといいって聞きました!」

「あいにく、車内にも胃袋にもそんなものなくてね!」

「私も~」


 二人とも武器となる甘味は所持していない。僕も、飛行機に乗り込んだ二週間前から油断していたため、シュークリームなんて常備していない。そもそも、本当に効くのか怪しい、ネットで得た情報だ。


「うーん、あれがヴァンパイアの類なら、十字架か太陽かしら」

「日の出までまだ三十分くらいあるぞ!」

「困ったわね」


 メリーさん(婚約済)は長く伸びたウェーブの金髪をポニーテールに結い上げる。そして、後部座席へと身を乗り出すようにして何かを探し始めた。


「えーと、あったあった。最近、新調したのよっ」


 僕の目に飛び込んできたもの、それは日本では滅多に見かけない黒光りの物体。人類の叡智が生み出した普遍的な力の象徴であり、またアメリカを象徴する武器でもある。

 そう、拳銃である。


「じ、じじゅ――!」

「ねぇ、タナカ。女の子って、どうやって殺したらいいかわかる?」


 メリーさん(ポニテがかわいい)は車の窓を開ける。そして、車体から上半身を外に出し、後方で血を撒き散らしながら疾走する怪物へと、その銃口を向けた。


「耳、塞いでなさい」


 僕が彼女の忠告を受け入れた直後、恐ろしく重たく鋭い破裂音が響く。放たれた銃弾は怪物の胸へと吸い込まれるように向かい、それまで止まることのなかった怪物が足をもつれさせて転がった。


「――心臓ハートを射抜いちゃえばいいのよ。簡単でしょ?」


 銃口から出る煙を、彼女はケーキの蝋燭の火を消すかのように息をかけて、軽やかに散らした。一連の彼女の鮮やかさに僕は目を見張る。


「ヒューっ! さすが俺のメリーだぜ! SWATにでも就職するか?」

「やだぁ! どうせ座ってSit待ってWait、喋るならAnd Talking、あなたとの愛の巣でじゃないと!」


 ジョンさんは車を止め、後部座席越しに二人は熱いキスをかます。僕のことなどは目にも入っていない。愛に浸る二人に対し、僕はあの怪物がまた起き上がらないが心配した。けれど、バックミラー越しに見える怪物はもぞもぞと微かに手足を動かすだけで、起き上がろうとしない。


「さて、とどめを刺さないとね」


 二人は僕に車から降りてこないように指示して、車からゆっくりと降りた。いつの間にか、ジョンさんの手にも小さな銃が握られている。


 二人は銃口を倒れる怪物に向けながら、一歩一歩地面を踏みしめて近づいていく。そして、一発、二発、三発と、過剰とも思われるような銃弾の音が、人気のない朝未だきの住宅街に響いた。音が空間を支配する間、僕は耳を目も塞いでいた。けれども、静寂が続くと気になってしまって、僕は鏡越しにその光景を見た。


 怪物は身体を引きずりながら、腕の力だけで僕の方へと向かってこようとしている。少しずつではあるが、確かに僕へと近づいてくる。けれども、ジョンさんたちにも、僕にも、その怪物に襲われる不安に取りつかれてはいなかった。なぜなら、黎明の光に照らされて、その体はどんどん崩れていっていたからだ。その崩壊は足から始まり、ついにはその頭へとたどり着く。一瞬だけ見えた顔は、血の涙に濡れていた。


 完全にその体が崩れたのを見届けると、僕の全身からどっと汗が噴き出した。脂っこい嫌な汗だ。それまで麻痺していた心臓の鼓動が激しく鳴る。ひとりパニックになりそうになっていると、怪物がいなくなった後にまだ警戒して銃口を向ける彼女を置いて、ジョンさんが僕の様子を見に来てくれた。


「大丈夫か?」

「はい……、そうですね、はい。大丈夫、なんじゃないかな」

「はっきりしないな。喜べよ、助かったんだぜ、タナカ!」


 膨大な筋肉に包まれた腕で、ジョンさんが僕の方を叩く。その衝撃とともに、僕にようやく「助かった」という事実を明確に実感した。


「ぼ、ぼく助かった―ー」

「ああ、そうだそうだ」

「――う、ううっ……!」


 情けない、本当に情けないことだけれど、僕は初対面であるジョンさんに励まされながら、子どものようにすすり泣いた。途中、僕が落ち着くまで、ジョンさんは黙って隣に座ってくれていた。



 *



 僕が泣き止む頃には、メリーさんも警戒を解き、車の下へと戻っていた。そして、私有地ではない場所で発砲してしまった言い訳が、メリーさん(怪物)の消失とともに難しくなってしまったため、その場を早々に後にすることになった。二人は僕を送り届けた後、ジョンさんの自宅へ行って、休日を楽しむ予定だという。

 ここ二週間ですっかり見慣れたアパートメントの前に下ろしてもらい、僕は二人の手を強く握った。


「ありがとうございます、ありがとうございます! 本当に、なんてお礼を言っていいか――!」

「気にしないで。最初に私が驚かせてしまったお詫びよ」

「メリーさん、あなたは日本の都市伝説とは全然違って、とってもかっこよくて素敵な女性です」

「ありがとう!」


 メリーさんは、僕の手を握って笑う。その笑顔は先ほどまで見た怪物のそれとは段違いに輝かしくて眩しい、手放しで褒め称えるべきものだった。


「おっと、あんまり俺の嫁に見惚れてくれるなよ?」

「ジョンさん、あなたが駆けつけてくれなかったら、僕は今頃――」

「お礼なんていいさ。それより、今度結婚パーティがあるんだが、それに出てくれないか?」

「それって――」


 ジョンさんは、僕を助けてくれた時と同じように、ウインクをして見せた。


「盛大に祝ってくれるんだろう、タナカ?」

「はい!」


 僕は笑って頷く。そして、深夜に出会ったこの奇跡に感謝するように、彼らの幸せを祝福すると誓ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私、メリーさん 葎屋敷 @Muguraya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説