百鬼夜行は夜に遠く
透峰 零
夜と煙と義兄の話
百鬼夜行を見たことがある、と義兄は言った。
オレが「今まで見た中で一番印象に残っているのは何だ」と聞いた時のことである。
義兄とオレはまったく血が繋がっていない。連れ子とかではなく、彼は姉の結婚相手だった。
初めて会ったのはオレがまだ小学生の頃で、姉が失踪したのはその数年後だったはずだから、もう数十年もの付き合いになる。
その頃から彼は変わった――というより、変わらなくなってしまった。
「多分、今まで見たものの中で一番綺麗だったよ」
そう語る彼の横顔は二十代にしか見えない。元から年の割に若く見える顔立ちをした人ではあった。だが、親子ほども年の離れたオレより若く見えるというのは、さすがに異常としか言いようがないだろう。
「百鬼夜行っていうと、昔話とかに出てくる妖怪の群れでしたっけ?」
煙草の灰を落としながら問いかけたオレに、義兄は微かに笑みを浮かべた。
「妖怪の群れと言っていいかはわからないけどな。まぁ、とりあえず人外の群れであったことは確かだ」
ため息のように煙を吐いた義兄は、その時のことを思い出すように上空を見上げた。
俺もつられて上を向く。分厚い灰色の雲が垂れ込めた夜空は重苦しく、空という単語が持つ開放感とは真逆の閉塞感しか与えてはくれなかった。
「十年くらいは前になるかな。こんな感じの曇った夜でさ、時間も同じくらいだった。特に目的もなく歩いてたんだけど」
煙草を口元に持っていくフリをして、オレは腕時計の文字盤を見やる。
午前一半時過ぎ。いわゆる丑三つ時。
――こんな深夜に出歩いておいて、目的がないなんて馬鹿げたことを。
浮かんだ言葉を煙と共に呑み込む。
この人が何を望んでいるかなんて、今さら突っ込むまでもない。
「そしたら、目の前の十字路をソイツらが横切って行ったんだよ。十メートルくらい先だから、本当に目と鼻の先だよな」
「どんな姿をしていたんです?」
義兄は小さく唸って、眉を寄せた。思い出せないというより、どう形容すれば良いのかを悩んでいるようだ。
「色々いたよ。例えば人みたいな表面をしたずた袋とか、背から松みたいな植物生やした、骨だけの小動物とか。あとは――」
「わかった、わかりました。もう結構です」
言って、オレは短くなった煙草を灰皿に押し付けた。苛ついて荒くしてしまったため、散った火の粉が暗い中に舞う。
義兄は、いわゆる視える人間だ。いや、視えるようにした人間というべきか。
そこだけは、姉の失踪以降で変わった点と言って良いだろう。
「あんた、さっき「綺麗」って言ってましたけど、不気味の間違いじゃないんですか」
不機嫌そうなオレの言葉に、義兄は遠くの空を見上げたまま「いや」と答えた。
「あれは本当に美しかったし、ずっと見ていたかった」
からかっているわけでも、嘘を言っているわけでもない。
この人は真実、そう思っているのだ。
そのことに気がついてしまうと、義兄が見たソレは一体どんなものだったのか。
少しだけ見たい気分が勝って、喫煙所の入り口へと視線を向ける。
けれど、オレにはやはり何も見えない。
ただただ静かな夜の街がぼんやりと広がっているだけだった。
百鬼夜行は夜に遠く 透峰 零 @rei_T
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