カウントアップ
「……ねぇ、エリカって今日来ないの……?」
卒業式当日、集合時間になっても現れないエリカにわたしが三人を問いただすと「あちゃあ」と、みんなは頭を抱えた。ハヅキは抱えたフランスパンを食べた。
「結局、今日まで言わなかったんだ……モスッ」
「エリカさんも意固地なとこありますから」
「ビビりなんだよな〜意外と〜」
「ねぇ、もしかして、今日出発するの……?」
エリカが留学することは嫌だったけど、反対したいわけじゃない。ただ……ただ、ずっと言いたかったことが言えないまま離れるのが嫌で……。
「ナツキ、きっとエリカはナツキを心配させたくないんだよ」
「……信じられない。いっつもそう。エリカも大事なことは何も言ってくれない。心配とか、そんなの建前で、わたしのこと信用してないんだ……」
「そんなことないって──」
「そうですわね。信用されてないじゃないんですの?」
励まそうとするハヅキの言葉を断ち切って、ユウヒが厳しいことを言い放つ。
「しかし、ナツキさんはどうですか。あなたはずっと後ろで踊ってて何も気付かなかったのかしら。周りが見えてないから足を引っ張るんですよ」
踊ってる時のエリカ……わたしはずっとエリカが練習してるのを誰よりも見てきたし……けど、一緒に踊ってる時のエリカをわたしは……。
「ワタシ動画撮ってるよー! 見るかー⁉︎」
「勝手に盗撮するなよ。ムシャ、事務所NGなんだけど」
「え、ハヅキ事務──」
「いいよ、そのくだりは」
ハヅキが隠し撮りしていた動画。今までにも何度かはダンス映像を収めたことはあるけども、みっともない動きのわたしを見るのが嫌でいつも目を背けていた。
エリカとわたしと、みんなと踊っているところを客観的に見たのは初めてだけど……エリカはわたしが踊りやすくなるように立ち位置や動きの大きさ、目線も配ってくれていた。
「もうすぐ卒業式が始まるから移動準備しろ」って、先生が呼びに来た。
けど、このままみんなの後をついて体育館に行ってしまったらわたしはきっと……後悔する。
「……わたし追いかけないと」
「ちょっと、もう卒業式よ⁉︎ 別に今じゃなくても──」
「ちょっとエリカにガツンと言ってくるだけ! 今じゃないとダメだし、この際、会うの最後なんだし。カエデ、エリカの飛行機分かる⁉︎」
「そ、それは言えな──」
「何時何分の便で、どこから行くの⁉︎」
「わわわ、羽田国際空港、第三ターミナル、11時39分発でぇす!」
「「全部言った!」」
「ギリギリ間に合う……!」
急いで空港までの道筋をスマホで調べて、わたしは引き止めるみんなを置いて、すぐに向かった。
「ちょっと……!」
「ちなみにJ○Lでーす‼︎」
「いいだろ、それは」
「……はぁ、もういいですわ。ほんと、昔からの幼馴染ってよく似るもんなんですね」
「付き合い長いからね、モグッ」
「うんうん。青春ですなぁ。これはワタシたちも追いかける展開かな?」
「いいえ、別に追いかけなくてもいいですわ。あの二人、二人きりにならないと素直になりませんし」
◇ ◇ ◇
「──エリカ!」
「えっ、ナツキ⁉︎ そ、卒業式はどうしたの⁉︎」
──なんとか間に合った。
羽田空港国際線ターミナル。スーツケースを引き、エリカは検閲を受けようとしていたところだった。
カエデから聞いた時間から考えると、搭乗時刻までそう時間があるわけではない。
「……通さないから!」
「急に何⁉︎ ……もうわたし行かないとだし」
「やだ! やだよ……今日でお別れなんてやだよ……」
「ナツキ……別に
「ろくでなし! そういうんじゃないでしょ! バカ! アホ!」
「ご、ごめん……! そ、そこまで言われるとは……」
「呼んでくれなかったのはどうしてなの。どうしていつもわたしに何も言ってくれないの」
「みんなには言ったんだけどさ。その、ナツキには言いづらいというか、なんというかさー。あはは……はぁ、ごめん」
「……二人で約束したこと覚えてる? 小さい時、いっつも泣いていたわたしをエリカはいつも励ましてくれてた。困ったことがあったら何でも相談してって、ずっと一緒にいるから頼りにしてねって」
搭乗を急ぐよう、空港アナウンスが流れる。
残された時間はもうない。
「……行くね」
「──エリカばかり……そんなのズルいよ‼︎ わたしにも……エリカのこと、応援させてよ……!」
いつもわたしだけがエリカに励まされて、手を引っ張ってもらってばかり。
いつも後ろを付いていくばかりじゃいられない。わたしは……エリカの隣にいたい……。
「遠くに行ってもずっと応援してるから! いつもわたしを励ましてくれたみたいに、エリカが挫けそうな時は、今度はわたしが励ましゅがらぁ……」
「ちょちょ! 泣きすぎ! めっちゃ見られてるよ」
「だっでぇ……」
「もう、やっぱナツキは、わたしがいないとダメかぁ〜? よしよーし」
「もう、そうやっていっつも励ましてくれるじゃんかぁ……」
涙が止まらない……。
今しか直接言う機会ないのに、止まってよ、泣いてる場合じゃないのに……!
「……ほんとはね、ナツキの前では、ただ強がってただけなんだよ、わたし」
「……え?」
「そのぉ、ビビってる? っていうか? 向こうはダンスの本場だからさ、上手い人めっちゃいて、やってけるかなーって、不安なのナツキにバレたくなくて、振り向くことなんてできないしさ。こんなわたしじゃ、ナツキを励ますとか言ってられないじゃん? あはは、恥ずかしいなぁ……」
「……上手になりに行くのに、今の実力って関係あるの……?」
「……あ──ははっ! 確かにー、何ビビってるんだろわたしー」
……はぁ。
顔を背けて高らかに笑うエリカ。笑いすぎて涙まで出ちゃってる。
「またナツキに背中を押してもらったなぁ〜。わたしがんばれそ!」
「え、わたしは何も……」
「してるよ〜。ナツキはそのままでいようね」
「はぁ? ……留学っていつまでなの。せめて、それだけは言って」
「んー、ちょうど二年くらいかな?」
「じゃあ、また会う日までカウントダウンしてる」
「お、いいね〜。あ、でも──」
空港アナウンスが流れる。
急がないとエリカが行けなくなってしまう。
「ヤバッ! さすがに行かないと⁉︎」
「う、うん……! あ、エリカ!」
わたしは制服に付いた胸のコサージュを取って、それをエリカに手渡した。
「卒業、おめでとう」
「そっちも、卒業おめでと」
別れを告げ、離れていく彼女の背中を見送る時には、わたしはもう涙は流さなかった。
──あれから数日が経った。
あの日、学校に戻ったわたしは勝手に出て行ったのがバレて、先生にすっごく怒られた。
でも、後悔はしていない。エリカがあの時、何を納得したのかはわたしには分からなかったけど、まぁ、言いたいことが言えてよかった。
──今、アメリカで頑張ってるのかな。
わたしは晴れ渡る青空を見上げてそう想いを寄せた。
遠く離れているけど、同じ空の下で繋がってるもんね。
また会える日まで、お互いに頑張ろう──
「──何見てんの?」
「空だよ。同じ空の先でエリカが……え? えぇっ⁉︎ ……え、何でここにいるの⁉︎ アメリカは⁉︎」
「行ったよ〜。あの日は引越しとか、色々面倒な手続きとか? するためにアメリカ行ったんだよね。色々と都合の良い日が卒業式の日しかなくてさ〜。あぁ、もちろん来週からはちゃんと向こうで住むよ」
「帰ってくるの二年って……」
「留学は二年だもん。2、3日休みあればちょいちょい帰って来れるよ〜」
「え、え、じゃああの日空港に行かなくても……」
「すぐにまた会えると思ったから、別にわざわざ言わなくてもいっかなって。いやぁ、あれは迫真の演技だったねぇ〜。言い出すタイミング逃しちゃってたよ〜」
「うっわぁ……、恥ずかしい……。ねぇ、知ってる⁉︎ あれ、動画で拡散されてツッタカターでバズっちゃったんだよ⁉︎」
「アメリカでも回ってたぁ、あははー」
「笑ってる場合か! もう、ほんと、ちゃんと言ってよ! そういうところだよ⁉︎」
「あははー、ごめんごめん。……でも、結果として、嬉しかったよ? わたしは」
「……なら、いいけど」
あの日あんなに必死にエリカを追いかけなくても、すぐにまた会えたなんて。
もちろんエリカはそれを分かってたわけだから……なんか弄ばれたみたいでムカつくんですけど……。
「そういえばあの時、カウントダウンするって言ってたじゃん?」
「うん。たった今、0になったけどね」
「もう、そんなに怒んないでよ〜。あれさ、なんか終わる感じがして寂しくなるからさ〜、増やそうよ!」
その提案にわたしが疑問を浮かべていると、痺れを切らしたエリカが続けて喋る。
「だーかーらー、ナツキとの新しい約束を今日から始めるの。カウントアップってことで!」
「約束? あ、お互いに励ます、ってこと?」
「まぁ、夢を叶えるためにそれは必要。あとはね……」
「──おーい!」
エリカが何かを言おうとした時、遠くからカエデの声が聞こえた。
「え、みんな⁉︎ どうしてここに⁉︎」
「これからエリカの送別会よ」
「えぇっ⁉︎」
エリカを見ると「ふふーん? ビックリしたー?」と笑ってる。
「ナツキには内緒にしてたの。学校に帰ってきてワンワン泣いてたからさ、あむっ、
「結局二人は仲直りしたみたいですし、もう別に構わないわよね?」
「三人とも、いらない気遣いはやめてよ……」
「ふぉー! ……え、わたしも送別会あるの知らなかったんだけど……」
「さてさて、いこいこ♪ ゴーゴー!」
会場に案内しようとするエリカ。え、送られる側がもしかして主催したの?
「そういえばエリカ」
「んー?」
「さっき、何か言おうとしてなかった?」
「んー、内緒!」
「えぇっ⁉︎ ちょっとまたぁ……」
カウントアップ 杜侍音 @nekousagi
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