カウントアップ
杜侍音
カウントダウン
──わたしは、いつもエリカの後ろにいた。
学校でも、公園でも、いつでも手が届く場所にくっついて、ずっとエリカの後を付いて行った。
これからもずっと一緒にいる、そう思っていたのに……エリカは振り向くことはせず、ただひたすらに前に走って……
……わたしを置いていくんだ。
「──ワン・ツー・スリー、エン、フォー──うん! オッケー! いいね、結構合ってきたんじゃない?」
昼休み、校舎を繋ぐ渡り廊下の真下にて、仲のいい五人組でダンスを踊っていた。
「そりゃー、ワタシのおかげかなぁ〜」
「カエデ、調子に乗らない。ま、でも今まででは一番良い感じだったんじゃない?」
エリカのカウント付きであってもテンポが速いこの曲には、なかなか難易度の高い振付があてられていた。それでも、みんなは結構付いていけていた。
調子に乗って高らかに笑うのがカエデ。ドリンクを飲みながらそれをあしらうのがハヅキ。
「うんうん! バッチシだよ」
そして、センターでみんなを率いるわたしの幼馴染、エリカ。
彼女だけはみんなよりもダンスにキレがあって、緩急がついていて、華やかで……素人目でも見ても人一倍上手いことは分かる。
まぁ、ずっと見てきたわけだし、日に日に良くなってるのは分かるもん……。
「そうかしら? 一人、足を引っ張ってたように感じましたけど」
エリカの次に踊りが上手で、汗もかかないほど余裕があるのがユウヒ。とても上品だけど、言葉には少し棘がある。
でも、ユウヒの言う通りだ。
「……ごめん。足手まといで……」
「だいじょぶだいじょぶ! ナツキも練習すれば上手くなるなる!」
グッと親指を立てるエリカに、わたしは少し頷いて応えた。
いつもエリカを後ろから引っ張っているのが、わたし。
鈍臭いわたしの動きを一から丁寧にいつも教えてくれる。
「別に上手になる必要もないんですけどね。ただ、ワタクシたちはエリカに付き合ってるだけですし」
「あはは〜、いやぁ、ムリいってゴメンねー」
小学校に入学したと同時に始めたダンス。中学からは隙間時間があればエリカは一人で練習していた。
それをわたしが側で見守るようになり、エリカが「ナツキと合わせて踊りたい!」からダンスを教えてもらえるようになった。高校で出会った三人も加えて、昼休みに練習するのが日課となっていた。
ただ、それももうすぐ終わる。
「ねぇねぇ、せっかくだしさー! この動画
「それは事務所NG」
「えっ⁉︎ ハヅキって事務所所属してんの⁉︎ 何で言ってくれなかったのさー!」
「冗談ね? それにそんなダサい格好を世の中に晒すつもりなの?」
もう3月、春の暖かさが感じられるようになったというのに、冬服用の制服を着用しているカエデはさらに、スカートの下に赤いジャージを穿いていた。
「いやぁ、寒いしさぁ〜。それにお兄ちゃんがケガするからって穿かされたんだよ。これは不可抗力‼︎」
「ほんとカエデさんはうるさいですわね。それにしても、まだダンスを続けるのかしら? ヘタクソがいればやる気失せるんですけど」
「こら、ユウヒ」
「何よ、本当のことでしょ」
ハヅキとユウヒがいがみ合おうとしたところを、エリカが庇うように割って入る。
「だいじょぶだいじょぶ! ナツキ、わたしが責任持って、付きっきりで教えるから! わたしに任せて!」
わたしのせいで、エリカから練習時間を奪っていく。
けど、それでももっと一緒にいたい気持ちもあったから。わたしは曖昧な返事をするしかなかった。
「……あー、それにしてもさ、もうすぐ卒業だよね。あと何日だっけ?」
「さぁ? もうあと数えるほどだと思いますけど」
話を変えるハヅキに、それに乗るユウヒ。
別にユウヒだって、決して心の底からわたしを悪く言ってるわけではないのは分かっている。それに、むしろ悪役を引き受けることで、わたしとエリカの仲を取り持つ手立てにしようとしているのだ。
そう、わたしはエリカに本当は怒っている。
エリカの方はヘラヘラして何事もないように振る舞ってるし、みんなも下らないことだと思ってるかもしれないけど、わたしはわたしで許せないことがあった。
すると、いつも悪ノリするカエデが勝手に盛り上がり始めた。
「うひゃ〜、卒業までのカウントダウンも終盤ってわけだ! 卒業したら〜、ナツキとユウヒは大学でしょ〜。ハヅキは調理師の専門学校!」
「カエデは浪人」
「しゅん……」と、カエデの熱は消えた。
「まぁ、ワタシのことはいいんだよ! けどけど! こんなかで一番すごいのはエリカだよね! だってアメリカでしょ‼︎ ダンス留学だっけ?」
──留学……そう、エリカはわたしに相談なんてせずに、一人で決めてしまった。
エリカはわたしのことを信用してないんだって思うと、それが……悲しかった。
「う〜……」
「こら、カエデ! ナツキの前でそれは禁句だって言ったでしょ」
「何よ、ほんとのことでしょ」
「ちょっと、ワタクシの真似しないでくれます⁉︎」
情けない……幼い子供みたいだ。
18になって、法律では成人と見なされて、みんな着実に大人へとなっていくのに、わたしだけ何も変わらず泣きじゃくっているだけ。顔を上げることすらできない。
「……あーあ、ナツキまた拗ねちゃった。二人のせいだからね」
「ふん!」
「すまぬ〜」
「ナツキ……」
「エリカ、落ち込んでいる人がいたらこういう時は何してあげるでしょうか!」
「励ます……?」
「そう! 励ましてやるのだよ! ワタシたちでね‼︎」
「たちって、ワタクシもですの?」
「まぁまぁ」と、ハヅキはユウヒを宥めた。
「……みんな、ありがと」
「作戦名、『落ち込んだナツキを自信が出るまで励ますぞ大作戦』! 略して……『落ち込んだナツキを自信が出るまで励ますぞ大作戦』‼︎」
「略せよ」
「じゃあ、ワタシからー!」
……何か四人でコソコソと会議している。
すると、カエデが勢いよく前に飛び出し、わたしにも聞こえる声で三人にプレゼンを開始した。
「いいですか、皆さん。人間というのは動物の一種でしかないのです。つまり! ワンちゃんネコちゃんが喜ぶようなことは人間も喜ぶのです! 見ててくださーい」
……はい?
カエデはわたしに向かって、恐る恐る近寄って来る。
「ルールルルルルル。よぉし、よしよし、怖くないよぉ〜」
………………。
「シャー!」
「ぎゃー! あいつは人間じゃねぇ!」
「何がしたいんだお前は」
泣きながら帰って行くカエデに呆れるハヅキ。
次はそんな彼女が前に出てきた。
「あのね、励ますって言ったらもっとまともなのがあるでしょ? 落ち込んだ時は──そう、ご飯! ご飯を食べれば元気モリモリ!」
ハヅキは懐から、おにぎりにサンドイッチ、コンビニスイーツに80円自販機でしか見ない謎ドリンクや牛タン、トリュフ、天津飯、しょうゆラーメン──国籍質量関係なく食べ物が現れた。
「おぉ、さすが歩く冷蔵庫!」
「ハヅキって食べ物のこととなると、別人のようになるよね」
「実際、一番頭がおかしいの彼女ですもの」
「さ、ナツキ! この美味しい──」
ペシッ。
「ご飯がー!」
昼ご飯を食べたばかりだし、そうじゃなくてもいらない。
わたしが弾いたご飯は宙を舞い、地面に落ちる──寸前にハヅキが全て回収する。つい、反射で弾いたけど、食べ物が無駄にならなくて良かったよ。
この後はハヅキが美味しくいただきました。
「ナツキ、猫みたいだね」
「やっぱ人間じゃないよ! あれはニャツキだ、ニャツキ!」
「もう、あなたたちふざけてる場合なの⁉︎ 拗ねてるくらい放っておけばいいでしょ!」
痺れを切らしたユウヒ。
けど、ユウヒの言う通りだよ。もう放っといて欲しい。
って、思いながらも、いつまでもここにいるわたしはなんて構ってちゃんなんだろ。
「じゃあ、ユウヒが一発ギャグしなよ」
「……はぁ? カエデさん、何を仰ってるかよく分かりませんわ」
「落ち込んだ時にはやっぱりオモシロいものを見るのが一番! そしたら心も体もあったかくなるよ〜」
「それを何でワタクシが担わなければなりませんの」
「さぁさぁ、みなさんお待ちかねのユウヒのショータイムだよぉ!」
「食べ物の仇を取ってくれ……!」
「ユウヒ、ファイト!」
ユウヒは戸惑いながら、前に突き出される。
「え、ええっと……ここの美容院は特別なオプションがあるんですよー。どうです? 夕日を見ながらお姉さんセットしますかー? サンセットだけに……」
……かわいそう。
ごめん、わたしのせいで、こんな……。
笑うどころか、わたしは卑屈になっていくばかりだった。
ユウヒの勇気には、まばらな拍手が起こった。
「ナイスファイト」
「かわいいとこ出てるよー」
「ワタクシを励ますのやめてくれます⁉︎」
結果として盛り上がりはしたけども、結局は気遣われてるのが辛くて。
「みんな、もういいよ。ありがとう。わたし今日はもう先に教室戻っておくね……」
わたしは自分の荷物を持って立ち上がった。
ここまでさせておいて、ほんとなんて自分勝手なんだろう。
「……ナツキ。その、もうちょっと簡単なダンスに変えてみる? あ、そうだ、わたしやってみたい曲があってさー」
「いいって。もう別にわたしに合わせなくていいから」
やめて。
「エリカは留学するんでしょ」
これ以上、喋らないで。
「わたしなんかに付き合ってる暇あるなら自分の練習しなよ!」
「ナツキ!」
……こんなわたしに、もう構わないで。
わたしはやっぱり、わたしが嫌いだ。
◇ ◇ ◇
「……はぁ」
「もしかしてだけど、あむっ……まだナツキには言ってないの? 卒業式の日にアメリカ行くこと」
「……うん。幼馴染だとさ、なんか逆に言い辛かったりするんだよね。気恥ずかしい、みたいな? ううん、言い訳か、これは……。てか別にみんなから話しても良いのに……!」
「そういうのは本人の口から言う、んっ……べきでしょうよ。いつまで、このままいるつもりなの。みんな知ってるんだからサクッと言いなさいよ」
(し、知らなかったぁ……!)
「あ、カエデ知らなかったか、ズルル」
「カエデさんは口が軽いからでしょ」
「肯定せざるを得ない」
「──留学するって決めて、伝えた時には、ナツキに怒られちゃったからな。今さら話すのももう……」
ユウヒは溜息をつき、ハヅキはつきたての餅を食べた。
「結局ナツキとの約束、破ることになっちゃうから……」
──────
「──お、回想シーン挟む?」
「口を挟むなガブッ」
「あなたこそさっきから何を食べてますの⁉︎」
「……あはは、みんなありがと」
どんな時でもマイペースを崩さない三人。狙ってか狙わずかは分からないが、おかげでエリカも明るく振る舞うことができた。
ここで、昼休みが終わる五分前のチャイムが鳴る。
「予鈴だ! もうすぐ昼休みが終わるー!」
「待って、次移動教室じゃない? まだ全部食べ終わってないのに……!」
「マジ⁉︎ 急がないと⁉︎」
散らかった各々の私物を片付け、ハヅキはご飯を平らげてから急いで教室に戻ろうとする。
次の授業の準備を用意してなかったから一度戻って荷物を取りに行くことをしないといけない。
「はぁ、しかも六限目は体育館で卒業式の練習ですよ」
「最近は移動ばっかだねー。まぁ、あんまり授業はないし」
「なぜワタシたちが向かわねばならないのだ。向こうがこーい!」
「歌の練習ちょっとダルいよね。他の学校なんて自由登校だってのに」
「そう? わたしはみんなと会えて嬉しいけど」
「なぜ見送られる側が練習せねばならないのだ!」
「うるさい」
「本当だからだ! ──あ、みんなちょっと待ってぇー……」
◇ ◇ ◇
六限目。
この高校は卒業生になっても、受験があれば公欠となるだけで、基本登校しなければならなかった。
ただ授業はなく、いる人みんなで仲良く自習という名のほぼ自由時間であったから、なんだかんだでみんなは来ていた。
高校生活最後に過ごすみんなとの楽しい思い出──最後に楽しく……そう思えれば、わたしも楽になれたのかな。
わたしたちは来週の卒業式に向けて、毎日歌の練習時間を設けられていた。
正直、口パクでもバレることはないし、個別に怒られることもないから、わたしは適当にやり過ごした。
……エリカはすっごく張り切っていた。
離れていても親しんだ彼女の声はよく聴こえていた。
──でも、あんなに頑張ってたくせに。
卒業式当日。
エリカはいなかった。
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