ラーメン【KAC20234『深夜の散歩で起きた出来事』】

石束

ラーメン

 少年は、ちょっとした用事で王都を離れていた。そして帰還は夜になった。


◇◆◇


 月の綺麗な夜だった。

 大神殿の尖塔の先に、屋根裏部屋の明り取りのような月があって、眩しいくらいの光を、夜の王都に撒いていた。


 人気は少ない。

 大通りの歓楽街にでも行けば、明かりのある店も飲んだくれた客もいるだろうが、少年の年齢を考えた上で冒険者ギルドの受付嬢が紹介してくれた下宿は、お値段の割には場末感がない場所になっていた。

 もちろん、そこには少年がこのあたりでは知らぬものとていない超有名人である『神官さん』の知り合い、というか『大のお気に入り』という扱いになっているところが大きい。

 実はそのことは少年もわかっていた。そしてそれとなく、みんなから神官さんの誕生日が近いことを知らされていたので、自分なりに彼女への感謝の気持ちを示すべきと考えて、この数日、冒険者ギルドからの依頼を兼ねて遠出をしていたのだった。

 ――よろこんでくれると、いいな。

 そんなことを考えながら、愛用の背嚢をゆすり上げる。大した重さはないが、そこにはしっかりこの数日の成果が存在している。


 そんな風に彼が歩みを進めていくと。


「こんばんわ」

 途中、噴水広場に、その当人――知り合いの神官、フィアーネがいた。

「ごきげんよう。旅人さん。良い夜ですね」


 腰の高さの噴水の縁石に腰を掛け、白い足を優雅に組んでいる。

 いつもの、神官服ではない。

 裾の短い、夜着とも見まごう薄絹から、血色の良い肌色が透けていた。


 少年は背嚢を投げ捨てると、六尺棒を晴眼に構え、

「誰だ、てめえ」

と静かに、だが熱と怒りを込めて、喝破した。


 少女はそれでもなお、艶然と微笑んだ。


「おや? この姿はお気に召さぬか? 好きであろう? 汝も男であろうに」

 匂うような蠱惑。

「その体は神官さんのもんだろうが、あいつはそんなカッコはしねえよ」

「いやいや、それは浅慮というもの。女というものは、好いた男のためとあれば、猫の毛皮を被りもすれば脱ぎもする。おぬしはまだその間合いを知るまいが、のう」

「それでも」

 少年は、自分の中に覆いようのない怒りが高まっていくのを自覚した。

「そいつは絶対にそんなカッコもしねえし、そんな口もきかねえんだ」

 もしも、この嬌態を見習い神官である彼女が知ったらと、少年は思い、目の前の『存在』に対して、本気で怒っていたのだ。


「――ふむ。ちと、やりすぎたらしいの」


 ふわり。と、まるで重力を感じさせない挙動で、見習い神官の姿をした『なにか』は、縁石を降りて石畳の上に立った。


「案ずるな、そなたの知る見習い神官は傷一つない。全くの無事じゃ」

「今のところは、の間違いじゃねえのか?」

「未来永劫じゃとも、なにせこの者は、大切な我が『子孫』ゆえな。

 誓って、質にとったりはせぬ」


 少年は無意識の内に、構えなおした。目の前の『存在』が纏う空気が艶を含んだ媚態から、威圧感を伴う覇気へと変化したからだ。


「先陣の巫女にして魔法王国神官戦士団団長、『朱天』のジェリエル・フォトンである――ま、ざっと今より六百年ほど前のことではあるがな」


 少年の反応の良さに、感心しているような、あるいは面白がっているような風情で『それ』が嗤う。


「事情を説いてやる故、その物騒な杖を下ろせ。生意気によい構えをしおって。殴り倒したくなるではないか」


 ◇◆◇


 ――それは奇跡というよりも、何かの気まぐれに似た偶然だったという。


「この者は我が弟の直系の子孫での。妾(わらわ)とは血縁による相似性があり、また、その魔法属性が似通っていたが故、自然と『神降ろし』の条件を備えておった」


 そして


「目覚めて我が子孫に憑依状態にあることに妾はまず驚き、ついでそれが六百年後であったことを、我が子孫により教えられて、再び驚くことになった。そして」


 見習い神官の少女は自らの自由を奪われているにかかわらず、


「妾に『何か私にできることはありませんか』と、尋ねたのだ」


 少年は黙って聞いていた。愛用の六尺棒は肩においている。構えてはいない。だが、手の中に銀色の弾丸を握って弄んでいる。

『こちらに切り札がないとは、思うなよ』

という、あからさまな威嚇だった。

 少女の姿をした『なにか』――朱天は、それを気にしないどころか、愉快そうにみている。


「妾の生きた時代は戦の時代であった。魔法王国は大スタンピートの最中で、妾もまた戦いの中で死んだ」


「魔獣の進行を防ぎえず、王国の滅亡も覚悟したが、人とはたくましいものであるな。王国と国民(にくたみ)の営みはこうして続いておる」


「あの時、命を賭して紡いだ刹那ではあったが、存外、全くの無駄でもなかったようじゃ。それがわかっただけでも、妾は満足であった。だが、我が子孫の話す現代をの様子を聞くにつれ、かなうならこの世界を見てみたいと願ってしまった。そう。せめて」


 ――ただ一夜。夜明けまでの、わずかな一時であっても。


「……わかった」


 少年は銀の弾丸を腰の物入れに、黒い六尺棒を背嚢にしまった。


「行きたい場所へ案内する。つうか、神官さんに聞けよ。そいつ以上に町に詳しいやつはいないぞ」


「どこでもよいのだ。高い場所へ――王都をこの目で見てみたい」

「それなら、俺でもなんとかなるか。で、神官さんは?」

「眠りに近い。この会話も聞くすべもない」

「ちなみに、その恰好は?」

「妾の趣味じゃ。こやつ野暮ったい服しか持っておらんかったからの。適当な場所から適当に拝借した」

「おまえ! 帰るまでに着替えろよ! 絶対だぞ!」


 ◇◆◇


 二人は連れ合って、城壁に向かって歩ていく。

 現在の魔法王国王都は、大スタンピートの後、辛うじて生き残った人類が築いたものだ。街の周囲はぶ厚く高い――壮大といってよい規模の城壁に守られている。

 王都全部を見渡せるかどうかは別にして「高い」といえばそこよりも高い場所はないので、少年は城壁へ向かうことにした。

 噴水広場は大通りよりも城壁寄りで、城壁の上に登る階段は遠くない。

 

 ――と、位置関係を考えながら少年が最短距離で先導していると、「おい少年」と朱天が声をかけてきた。


「何かしゃべらんか。こんな美人と歩いておるのにその態度はあるまい。山岳行軍でも、もう少し会話があるぞ。観光地などないのか、このへん」


などと言い始めた。


 最初はきょろきょろとあたりを見回していた朱天だったが、少年が何も言わないので退屈してきたらしい。

 少年はため息をついた。

「神官さんからきいてねえのかよ。俺は王都に来て三月にしかならない『おのぼりさん』だぜ」


 いつのまにか少年の「王国公用語」は随分こなれている。ただ、生活圏が下町で勤め先が冒険者ギルドであるためか、やや乱暴な口調になっていた。

 少女にとりついた先祖を自称する亡霊はそこそこな身分であったはずだが、少年の態度を気にしないばかりか、気楽に言い返してくる。


「知っているとも『旅人さん』。なんならお前の田舎の話でもよいぞ?」

「田舎? 俺の?」


 気の利いた話など知らない。王都の話などさらに知らない。

 促されるままに、少年は自分の事情を語り始める。


「俺は――俺たちはこの世界の人間じゃない」

「ほう。……吟遊詩の類い、というわけでも、なさそうじゃな」


 ………


 何の因果か異世界に転移してしまった人々がいた。


 特に理由もなく、召喚されたものでもなく、勇者でも魔王でもない。死んでいないので帰りたいのだが、帰還方法のアテもない。彼らは自分たちの生活を成り立たせ、帰還方法を探すためにささやかでゆるやかなコミュニティを作り、助け合って生きることにした。


 そんな営みが、なんとか軌道に乗って安定してきた頃、次に彼らは「故郷の味」を求めた。

 その「異世界」は何もかもが違っていた。彼らの料理に必要なものは何一つなかった。

 しかし、彼らはそれでもあきらめなかった。

 素材が違っても方法が違っても、それでもその味を、故郷をあきらめなかった。

 別の世界からの旅人たちは、肩を寄せ合って生きて、そして、許されたありとあらゆる手段をもって、自分たちの住んでいた世界の「食」を再現しようとした。


「でも、それでも、どうしても足らない材料があって、そのせいで再現できない料理があってさ。

 だいぶ前に『ルー』がなくなって、作れなくなったんだ」


 その料理はある意味、どの料理よりも高度な技術の結晶であり、もっとも採取困難な材料を必要とするのだった


「特別なスパイスが必要なんだけど、それに関する記録は村の図書室にもなくて、ひょっとしたら、王都の本屋になら載っている本があるかもっておもったんだけど」


「なるほどの。それ故にそのような本を求めおったのか」

 朱天の声が納得を帯びた。フィアーネから聞いていたらしい。


「『饗宴録』は六百年前でも、すでに貴重書の扱いで書店にあるような本ではなかった。今全巻揃ってあるとすれば博物館か王立図書館……そうでなければ、未だに荒野の廃墟……汝らが言うところの『遺跡』の中じゃ」

「……そうか」

 幽かな落胆。

 一縷の望みだったのだろう。


 ちょうど、会話がきれたその時、階段がつきて二人は城壁の上に出た。


 月はなおも皓皓と、世界を照らしている。蒼い月光に包まれた王都の家並みは、まるで水底の幻のようだった。

 

 朱天は感じ入ったように、その風景を眺めている。


「王都ってでっかいよな」と少年が言った。


「俺は何にも知らないでここへ来たんだ。来るのだけで精いっぱいで、何の準備もしてこなかった」


 少年の言葉は独り言のようだった。ただただ内側へと積みあがる独白だった。


「キサラねーちゃんからもっと王国語を教えてもらえばよかった。何を目標に捜すかをきちんと相談しなきゃいけなかった。鉄雲さんや千波さんから戦い方や獲物の倒し方を教わらなきゃいけなかった。寛兄ぃやじっちゃんから、街で人とどう付き合ったらいいかをおしえてもらわなきゃいけなかった」


 苦渋というには浅く、後悔と片付けるには生々しい傷がのぞいて見えた。


「茜音ねえちゃんから、やり方を教わってればお前なんか、すぐに神官さんの体から追い出してやった」


「それはおっかないのう」と朱天が嗤った。どうやら「アカネ」とやらは魔払いにたけた里のシャーマンらしい。


「みんなの言った通り、俺はただのガキで、子供で、何にもわかってなくて。それなのに、『おふくろ』が好きな料理をただ作りたい、材料が欲しいってだけで、村を飛び出してきちまった」


「きっと……」と月を見上げて、少年は小さく息を吐いた。


「神官さん……フィアーネに会えなかったら、あいつが手を差し伸べてくなかったら、俺は今も、王都のどこかで何にもできずに、迷ってたんだろうな」


「王都に来たこと、悔いておるのか」


 その問いに


「そんなことはないよ。だって、今来たから俺はここでフィアーネに会えたんだから」


 そういって少年は城壁の上、王都自慢の空中庭園を見まわした。彼が、フィアーネにあった場所。初めて一緒に稽古をした場所。何とかしてたどり着いた王都で、何をやったらいいかわからなかった時、偶然出会った。そんな奇跡が何度も起こるなんて思えない。彼女に、フィアーネに出会えないのなら、王都に来る意味なんてないとすら、今は思う。


「俺はあいつを尊敬してる。俺と同じくらいの歳なのに俺よりも沢山のものをしょってそれでも笑顔で頑張ってる。あんな奴がいるなんて想像したことなかった」


「…………」


「俺は、王都の人間じゃないし、できることもそんなにないけど、自分にできる事ならあいつのためになんだってしてやりたいと思う。助けてもらった恩とか借りとかなんて思っているわけじゃいない。俺は、あいつを見て思ったんだ。

 俺も、誰かのためにあんな風に一生懸命になれる自分になりたいと――フィアーネみたいでありたいと、心の底から思うんだ」


 王都で。この場所で。――あの日。


「フィアーネと会えたことは、俺の一生の宝物だ」


 一片の曇りもなく、晴れ晴れと澄んだ、告白だった。


「それがお前たちの出会いというわけか」

 と朱天は城壁の上を見回した。

「そこまで、言ってもらえるならば、わが子孫は……フィアーネ・ユフラスは幸せ者であるな」


 さて、と、朱天は声を改めた。


「もう一つ、妾には望みがあるのじゃ。お主、自分自身もかなり料理ができるらしいの。フィアーネが絶賛しておったぞ」


「大した事してないぞ。俺の料理なんて……それに。

 それなら、家に帰った方が早いじゃねえか。また街に戻んのかよ」

 

「いや、それは良いのだ。料理の優先順位は低くなった」


 その言葉の終わりとともに、魔法の様に朱天の手にクォータースタッフが現れた。

 そのまま、演舞が始まる。


 最初はゆっくり、次第に速度が上がる。時にスタッフは鋭く風を裂き、重く空を貫いた。


 それは槍であり、またポールウェポンのような長柄の兵器でもあり、また振り下ろせば大地をも切り裂く聖剣ともなった。


 一本の棒をして千変万化。恐ろしい程の精度と練度の演舞の――しかもそれは、あまりに見慣れた動きだった。

 当然だ。それはフィアーネの演舞だった。あのはじめての朝、見惚れて魅入った美しい演舞に同じ――いや、それは正確ではない。いつか、必ず彼女がたどり着くであろう、その高み――到達点のそれだった。


「気づいたか。さもあろう。わが子孫の演舞の創始は、この妾であるがゆえ」


 少年が呆然と魅入っていた間に、演舞は終わっていた。終えた彼女はうっすら頬を上気させていた。

 そして幽かな高揚ととも少年へ正対した。


「我が望みは強者との闘い。みごと、わが子孫フィアーネを守り通せるとその杖をもって示すがよい」

 しかし少年はそう簡単にノリには乗らない。

「って、その体はフィアーネの体じゃねえか!」

「安心いたせ、妾はこれでも神官戦士団の長ぞ。背骨が折れても即座につないでやる。安んじて打ち込んで来い」

「人の体を粗末扱うなって言ってるんだ俺は!」

 少年は頑固な上に、頭もよかった。言っていることは正論である。

 だからこそ。

 フィアーネの体を乗っ取っている彼女の先祖は、ついにキレた。

「ええい。ぐだぐだいわんとさっさと構えんか。でないと、すっぽんぽんになってお前の下宿まで走るぞ!」

「結局、人質にしてんじゃねえか。このクソご先祖っ」

 さすがの少年も、これにはキレて、六尺棒を構えた。


◆◇◆


「適当に座ってくれ」

「うむ」


 やや時間が過ぎて、そろそろ空も白み始めようというころ。

 二人は少年の下宿にいた。


 始まりこそアレだったが、戦いはかなり壮絶なものとなった。

 どのくらい壮絶だったかというと、少年が自分の骨で、六〇〇年前の魔法王国の治癒魔法の凄さを知ったほどだった。

 あるいは、ご先祖が勝手に拝借していた服が素材自体の弱さもあって、とてもお返しできるような状態でなくなるほどだった。

(そちらも御先祖が魔法で治した。今は買ってきたばかりみたいにぴっかぴか)


「スープの寸胴と、ゆでる用の鍋と」

といいながら、少年が背嚢から色々とだしてチェストの上に並べる。


 スープはすでに熱されており、狂暴なまでに食欲をそそる香気を放っていた。

 彼の背嚢は見かけ以上の容量があり、かつ時間も力の方向も停止しているとみえる。


 この光景を、ご先祖は「この時代にもそこそこ使える魔法の収納袋があるじゃなあ」と感心していたが、フィアーネがこの場で発言できたなら全力でツッコミをいれたであろう程度には、この道具は異常である。

 少年の不思議な背嚢の正式名称は当然「四次元〇ケット」。『花が瀬村のドラ〇もん』の名前が誕生するきっかけとなった記念すべき秘密道具第一号である。


 ご先祖こと朱天の様子が変わったのは、むしろ、次に少年が背嚢から取り出した金属製の四角い深皿(バット)の上の『野菜』を見た時だった。


「よくもまあ、こんな剣呑ものばかりあつめたの。ほとんど植物系の魔獣ではないか。

 特にこれなど、辺境の軍隊型植物系魔獣が使う道具というか、れっきとした『兵器』じゃぞ」

「怖いよな、あれ。植物型が国みたいのを作ってて、戦士階級とか普通に手ごわいし」

「戦ったのか!」

「戦ったっていうか、俺が生まれた時から戦い続けてる」

「それはもう、村の場所を移動した方がよくはないか」

「そういうわけにはいかなかったんだよ。でも、そっか。やっぱり、アレ、昔から手ごわかったんだ」


――という会話をしながら、野菜(植物型魔獣)を歯ごたえが残るくらいに湯通し、どんぶりに醤油だれを入れ、麺を湯切りしながら、片方の手でぐつぐつ煮えたぎるスープを注ぎ、麵を入れ軽くほぐし、その上から山のように野菜をのせる。


「はい。ラーメン」

「おお、すまんな。かたじけない」

「お前のためじゃないからな」

「分かっておる分かっておる」


 どんぶりを傾け、ずずっ。とスープをすする。

 瞬間、濃厚で複雑なうま味が牙をむく。鼻腔に漂う香りはまさに無色の霧だ。その根源を求めようとすればするほど、迷いが深くなる。

 手間と時間、工夫と試行。積み重ね、否、執念さえも感じる。


 うむ。と朱天は視線をさまよわせた。


「いったい、このスープにどれほどの魔獣がまぎれおるのか……『饗宴録』の技術を再現するばかりか、応用して新たな味に進化せしめておる」


「ご先祖、饗宴録を読んだことあるのか」

「ない。妾は料理を供される立場であったからの」

「なんだ」

と少年はまたがっかりした。

「スパイスの特徴を古代語にしたメモ作っててもらってきたのに」

 しかし、その言葉にご先祖――朱天は目をむいた。

「なに! 馬鹿者! それを早く言わんか! ああ、くそ夜が明ける時間がない!」

 ばくばく、ごくごく、ずるずるずるず、ずうううううっ。

「むう。今しばらく味わっていたかったが致し方なし!」

 どんぶりのラーメンを最後の一滴迄きれいに飲み欲し、少年が差し出すメモをひったくった朱天は、渡された万年筆でごりごりと注釈を付け加え始めた。


「貴様らがいう古代語は妾にとっての日常語である。……うむ。『コリアンダー』『レッドペッパー』は近しいものに思い当たる。『ターメリック』は推定ができるが確証はない。残念じゃが『ガラムマサラ』はこれは調合することになる。あとは『カルダモン』……」


 がりがりがりごりごりごり。

 ノートに彼女のわかる限りとおぼしき注釈がなされた。少年はその光景をあっけにとられてみていた。


「あの、ご先祖、様」

「なんじゃ、気色悪い呼び方をするな」

 しっしと手を振って、朱天はそっぽを向いた。

 ちょっと耳が赤い。


「これらは市場では手に入らぬ。多くは魔法薬、さらにいうなら錬金術の分野になる。採取にせよ取引にせよ、その視点でものを見よと、この手引きを作ったものに伝えるがよい。そして、もしそのすべてを知りたければ」


 朱天はとんと、メモを人差し指でついた。


「廃都に赴く他ない」

「廃都……」

 さよう。と覚悟を試す様に、朱天は少年に目を合わせた。

「かつて王国を一度は滅ぼした大スタンピート。真っ先にその餌食となった始まりにして終わりの街……飽食と錬金と享楽の廃都――『グランバリア』じゃ」


 ご先祖様こと朱天が、その言葉を言い終えた後、部屋に夜明けの光が差し込み、フィアーネの体が淡く光を放った。


「ラーメンうまかったぞ、感謝する少年」


幽かに笑って六〇〇前の古代王国人は去っていった。――そして


「ああああああっ私の『ラーメン』だったのにいいっ」


 腹ペコ見習い神官が帰ってきた。


「食べたのはどっちにしても神官さんじゃないか」


 少年が笑って「もうお腹いっぱいでたべられないだろ?」と指摘すると

 彼女、正真正銘身も心もフィアーネ・ユフラスな『神官さん』は


「そのような当たり前の事実では、この心の飢えは満たされません!」


と、近所迷惑も省みず夜明けの王都に、魂の叫びを迸らせた。


 完



補遺

 アニメに例えるなら、ヒロインの衣装違いフィギュアができるような全編サービス回。

 ……何年かぶりに、やっと話がすすんだ。




 


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