蠢く影の頼み事

八咫空 朱穏

蠢く影の頼み事

 扉に付いているウィンドチャイムを響かせて夜の世界に踏み出す。時刻は午前0時を回ったところだ。これから、故郷の樹々の健康診断に向かう。毎回片道6時間、道中の移動を小旅行として楽しんでいる。一番最初の旅程はこの村にあるテレポート装置――転移陣までの散策だ。


 今は月明かりがあるからランタンに光を灯す必要はないねぇ。さぁて今夜は、どんな箒旅ほうきたびになるのかなぁ?


 路地から通りに出て、鳥居をくぐって石段を上る。神社にお参りをしに来たわけではないので、境内の端っこを歩いて行く。境内の奥、細い道の先に村の転移陣が設置されているから、こうして境内を突っ切っていく必要があるのだ。


 夜の境内は不気味な雰囲気をまとっている。まだ春の入り口だから樹々には葉っぱが茂っておらず、それが枯れ木のように見える。それに中から光がれていない大きな建物があるのも不気味さに一役買っている。


 境内を半分程歩いたところで視界の端に何かが動く気配をとらえる。手水舎ちょうずやの方を見ると、うごめく影が見える。


 ――その影が、こちらへと向かってきた。


 一瞬ゾッとするが、幸い月明かりがあるおかげで影の正体がすぐにわかって安心する。


「フェネル……。こんなとこで、会うなんて……」


 影の正体は、この神社の巫女みこ姉妹の妹の方、黄昏たそがれ藍花あいかだった。普段の巫女服ではなく、防寒着を羽織った私服姿だったから藍花とわかるまでに少し時間がかかった。


「何かと思ってちょっと怖かったよぉ」

「ごめんなさい……」

「いやいや、大丈夫だよぉ。でも、珍しいねぇ? こんな時間に外を歩いているなんて」


 少しだけ考える素振りを見せ、藍花が答える。


「なんとなく、外を……歩きたかった、から……」

「そういうとき、あるよねぇ。私も、今その気分なんだぁ」


 私が故郷に仕事でおもむく日にちは決まっていない。月に1度、気が向いたときに、今夜のように真夜中過ぎに故郷へと向かうのだ。


「話、変えちゃう……けど、いい……?」

「ん? いいけど、何かあるのかい?」

「朝に、なったら……頼もうと、思ってた……ことが、あるの……」

「なんだい?」

「時間の、ある時で……いいから。神社の、樹を……て、ほしいの……」


 いつものやつ、だねぇ。


 樹々を診る仕事は故郷以外にもいくつかある。今いる神社からも定期的な依頼を受けていて、今回頼まれたのもこれのことだ。……こんな時間にお願いされるのは初めてだけど。


「それならお安い御用だよぉ。時間の空いたときに診に来るねぇ」

「うん、ありがとう……。フェネルは、これから……どうするの?」

「これから仕事をしに行くんだぁ」

「頑張ってね……」

「うん、頑張るよぉ。それじゃ、またねぇー」


 藍花と別れて、散策を再開する。


 様々なことが起こる小旅行。旅行中は毎回違う出来事が起こるから楽しい。散策はもうすぐ終わるけど、まだ小旅行自体は始まったばかりだ。


 この後は、どんなことが起きるかなぁ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蠢く影の頼み事 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ