第21話 11. 21世紀
二〇〇〇年も、年が押し迫って来た。
「来年になったら二十一世紀梨になんのけ?」
と、二十世紀梨を手にした常連客は店先で聞いた。
映画『2001年宇宙の旅』を見た時は、遠い未来だと思っていたその年が、目の前に迫っている。
二〇〇一年、人類は宇宙に移住しているだろう、などと書かれた本を和彦は小学生の頃わくわくしながら読んだが、アポロ以来、人類は月へも、他の天体へも行っていない。
年末になると、おせち料理に使う、棒鱈、金時人参、京芋、くわい、などの食材が入ってくる。
和彦にとっては久しぶりの日本のおせちだ。以前はおせちの材料について意識して食べていなかったので、食材の豊富さや日本の食文化の奥深さに改めて驚いている。
年末になると店も忙しくなるので、普段は午後から出勤する和彦も、朝八時からの出勤となり、閉店の二十時、さらに片付けに一時間残る毎日となった。
正月は四日間ほど店が休みとなり、その間、どうしよう、と思っていたが、夜行バスのチケットを買い、東京へ行くことにした。
二十代前半に六年間住み、その後も、旅の途中での日本での本拠地は東京だったし、京都へは十二年ぶりに帰って来て八ヶ月になり、生まれ育った場所ではあるが、和彦にとっては、まだ本拠地にはなっていない。
親と同居しているのは、両親を離婚させないため、とか、母の身体が心配なため、とか自分なりに理由をつけていたが、時給七百円で月収が十二万円程度では、一人暮らしは無理だろう。
世の中は、二十一世紀を迎えることで、軽い興奮状態にある。
二十一世紀というのは、イエス・キリストが生まれた年を基点としているが、世界には、また異なった暦の数え方をする文化がたくさんある。
二十一世紀になったからと言って、世界や日本は、すぐには変わらないだろう。
世界人口七十億人が、日本人や欧米先進国の人達と同じような生活をしていたら、持たない。
和彦がこんなことを考えるのは、どこへも所属せず、海外を放浪した経験と関係している。
政治家は、皆、一度は世界を放浪すれば良い、と和彦は時々、本気で考える。そうすれば、国の利害を超えて、永続可能な世界を作る道が開かれるのではないか。
アメリカ大統領選に落選したゴア氏のように冷静かつ客観的に世界を見ることのできる政治家は、ほとんどいないのが実情だろう。
東京在住の友人・知人の何人かに連絡し、正月に行く東京でのスケジュールも埋まってきた。
元旦の朝、新宿に着く。南インドで会い、一カ月ほど行動をともにしたカップルが国分寺に家を借りている。夜、泊めてもらう。
二日、新宿へ出て、タイで会い、東南アジアを二カ月ほど一緒に旅行したカップルに会う。夜は、東京に住んでいた頃、同じ職場で働いた友人と会う。
三日、阿佐ヶ谷に住む、エジプトで会い、イスラエル、ヨルダンを一緒に回った男性の家に行く。泊めてもらう。
四日、池袋で、トルコ、イランで会った人に会う。池袋から新宿へ出て、夜行バスで帰途に着く。
東京へ行かないとなかなか会えない人達に、まとめて一気に会う感じになる。
大晦日、店の品物は昼過ぎに売り切れ、片付けに入った。普段はできない、空になった冷蔵ケースの隅々や、棚の裏や下などの掃除をするのが、気持ち良かった。
夜七時頃に店の片付けが終わり家に帰ると、紅白歌合戦が今年は七時十五分から始まっている。
十一時五十分京都駅発のバスに乗るので、紅白視聴を途中で切り上げて十時頃、家を出る。
和彦の母は友人と飲み会へ行き留守、父が一人で家にいた。
地下鉄松ヶ崎駅まで、歩く。
北山通りへ出ると、例年は八月十六日一回限りの大文字の送り火が、二十世紀最後ということで、特別に点火している。新しい年が明ける頃まで点灯しているらしい。
松ヶ崎駅の地下道へ降りて行こうとすると、たくさんの人達が押し寄せるように階段を昇ってくる。皆、大文字を見に来たようだ。
和彦は一人、人の群れとは反対方向への地下鉄に乗り、京都駅に着く。
少し、時間があった。駅舎の前で、旅行中に止めていた煙草を吸う。
新宿行きバスに乗り込む。満席だった。若い人達が多い。
二十一世紀を、バスの車内で迎えることになる。
和彦は大晦日の今日は早起きしたので、座席に着いて、バスが発車するや否やうとうとしてしまい、いつ年を越して二十一世紀になったのか、分からなかった。
着地点 松ヶ崎稲草 @sharm
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