第20話 10. 山形へ行くことを店長に告げる

 金曜日の朝、京都へ帰り、午後から店へ出勤。野菜の作業場でいつものように黙々と袋詰め作業などをする。


 十一月に入り、少しずつ空気も冷たくなり、店の野菜コーナーも冬の鍋によく合う野菜や冬の色の濃い葉物類が目立つようになる。

 リンゴはジョナゴールドに加え、ふじも出てきた。国内リンゴシェアの半数以上を占める人気品種とあって、店の入り口付近に箱ごと豪快に積み上げられる。


 野菜の旬など、和彦はこの店で働き始めてから店で何となく覚え、本などを読んでうろ覚えの知識を補強した。

 リンゴの品種についても、初めは何も知らなかった。


 この日は、いつもの作業をしながらも心の中ではこの店で働くのも来年の春までか…、という感慨のようなものが湧き起こっていた。

 夕方前になって店長が野菜の作業場に現れ、午後に納品される野菜類を店頭に出すタイミングについての事務的な話をした後、店へ戻ろうとした時、和彦は、ちょっとお話が…、と切り出す。

 和彦は、前日山形へ行って来たことや、実は農業をやりたいと思っていることなどを話した。

 ひとしきり和彦の話を聴いた店長は、ちょっと来なさい、と和彦を連れて階段を昇り始めた。

 面接の時に昇ったらせん階段を昇り、面接の時に使った部屋へ案内され、店長はドアを閉めた。

「そりゃ、ええことやけどな」

 店長は切り出す。

「でもな、来年の春から、とか言うなや。そりゃ俺も、お前がこのままでええとは思ってない。三十過ぎてバイトのままでええとは思ってない。実はな、まだ先の話やけど、店で農場を持つ計画があるねん。場所は上賀茂がええな、と思ってる。それが実現したら、そこの責任者にしたるやないか。そんなん、やりたがる奴おらんからな。すぐにはでけへんけど、それ待ってて、やっぱりウソやったな、て思ってから行っても遅くはないやろ。来年の春はやめてくれ。考え直してくれへんか…」


 和彦は店長から引き留めを受けるとは思っていなかった。

 これまでの人生でも、仕事を辞めます、と言って引き留められたことはなかった。


 農場ができる、というのは悪い話ではない。山形へ行く気持ちもあったが、不安も大きかった。


 引き留められてみると嬉しく感じるもので、また、店長が和彦の今後のことまで考えてくれているらしいことにも感謝の念が湧き、和彦の気持ちは店に残る方へと翻っていた。


 アメリカ大統領選は、調停騒ぎまで起こるほどの僅差で、ブッシュが当選した。不正があったのでは、との疑惑を後々まで招く結果となった。

 

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