第19話 9-2. 山形へ五十万円の家を見に行く

 涼しくなるとともに、店の野菜の顔ぶれも変わってきた。

 露地の葉物野菜は端境期だが、信州の農家からレタスやキャベツ、ブロッコリー、大根、白菜などを取り寄せている。

 店長は、和彦に気安く話し掛けてくるようになっていた。

 溝口さんは、体調を崩しがちでよく休むようになった。

 青山君は日配品担当と兼任になり、午後からの野菜の作業場と売り場では和彦が一人でフル回転する時間が長くなった。


 店頭に、リンゴが連日並んだ。

 九月につがるが出ると、続いて、紅玉。さらにジョナゴールド、ふじ、とリンゴの季節が始まる。

 リンゴは医者いらず、と言われる。

 店で扱う無農薬や減農薬のリンゴは味が濃くおいしく、夏にスイカやきゅうりを食べて感じたのと同じ、おいしさと同時に、食べることで身体が良くなり元気になるのが直感的に分かる味だった。


 郵政外務員試験の結果は九月下旬に届き、やはり不合格だった。


 和彦は宝ヶ池に漫画喫茶があるのを夏頃に見付け、木曜の定休日などに行っては、何時間も入り浸った。

 自分のパソコンを持っていないので、勢い、そうなる。

 ある日、漫画喫茶でネットサーフィンしていると、字がびっしりと並び、写真が少し入った農家のホームページを見付けた。

  山形県庄内地方で、五十万円で家が買える。地域の農業への参入を歓迎している現地の農家の人が居て、ある程度、農業で生活していけるように指導してくれるとのことで、若い移住者も何人か居る、とのことだ。

 和彦は、暗闇の中に光を見つけたような感覚になった。

 早速、メールで連絡を取ることにした。

 自己紹介、自分の経歴をありのままに記し、なぜ農業をやりたいと思うか、も率直に書き、長文メールとなった。

 

 水曜日の深夜〇時に京都駅を出発し、日本海側を行く列車に乗り、早朝、新潟の新津で乗り換える。さらに、ローカル線に乗り換える。

 日本へ帰って来てからは、初めての遠出だ。

 ずいぶんと、寂しい所へ来た感じがした。

 車窓から見える、日本の中央部特有の切り立った山々の感じに、圧倒される。


 駅前まで迎えに来てくれたホームページの主である山中さんは、農業を志す人達に農地や家の斡旋をしている。

 山中さんの車に乗せてもらい、五十万円の家を見せてもらった。

 通っていない水道を引いたり家の補修をするのに、実際にはもう少し費用が掛かるらしい。

 集落に家は八軒、家から家までの距離が相当ある。集落の区長に会い、話を聴くと、冬には雪が三メートル積もるそうだ。

 別の集落にも貸家があり、家賃五千円で農業指導を受け、アルバイトをしながら生活ができる、地域の仕事も手伝いながら、徐々に農業で生活していけるようにする、農業者として登録するには五反の農地を取得しなくてはいけないが、登録しなくても良い、みんな少しの土地でやっていて、若い人も入って来ている…、との話を山中さんは熱心にする。


 少し手伝ってほしい、と山中さんに言われ、メロンのビニールハウスの撤収作業をしながら、突然、山中さんはアメリカ大統領選挙の話題を振ってくる。

「どっちが当選すると思いますか?」

 今、開票中で、ブッシュ候補とゴア候補が大接戦を演じている、との新聞の見出しを今朝、新津駅で見たばかりだ。


 和彦はゴア候補の著書「不都合な真実」をこの夏読み、大いに共感していた。

 ゴア候補が勝てばアメリカも京都議定書の枠組みに参加するのは間違いなく、地球環境問題で世界をリードする可能性が高い。山中さんも、ゴア氏の勝利を願っていた。

「勝ってくれたら良いんですけどね。でも、最終的には、ズルでも何でもして、ブッシュが勝ちそうな気がする」

 何か、諦めたように山中さんは言う。


 夜は、山中さん宅にお邪魔し、奥さんに豚汁を作ってもらった。味が濃く、寒い庄内によく合う料理だ、と思った。

 

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