真夜中に牛歩したらヤバそうな人に背負われた件【KAC2023】

小余綾香

第1話

 15メートルを10分かけて歩く自分を想像できるだろうか。


 私は不動産会社の広告ならば「コンビニ徒歩1分」と書かれるだろう所に住んでいた。そのコンビニまで私の足で1時間程かかった時期がある。

 当時、買い物はいつも深夜だった。

 というのも亀の化身と疑われそうな歩みで人通りの多い時間帯、往来をうろつけば半月に一回、一人位、助けようとしてくれる。例えば、夜八時を過ぎた暗い道で見知らぬ車から、


「見ていられないから送らせて欲しい」


 と声をかけられ、私はそこから3時間以上かけて歩く予定だった為、殺されても良い、と思って乗った。

 しかし、その人は目的地を訊ね、車を走らせると、そこが家かも触れずに私を降ろし、すぐ発進して去る。疑った自分が恥ずかしくなった。そして、そんな時に限って、お礼に渡せる粗品の一つも持っていないのだ。

 当時の私は助けに迷惑をかける申し訳なさばかり感じた。だから、往復2時間の間に数人しかすれ違わない真夜中過ぎを選んで外出したのである。


 家からコンビニはスナック街だった。夜の店が何時まで営業するものか私は知らないが、終電はとうにない頃でも店の前で待っている若者がいる。一般人は避けて通る感じの人達だ。

 彼等が私の最短距離を塞いでいる時、どく人もどかない人もいた。どいてくれる人には私も知らぬ顔で明るくお礼を言う。そういう度胸はあった。

 そんな恒例の瞬間、お待ちしていた大物が店から出て来たらしく、彼等が綺麗に整列する。すると、


「何してやがる!!」


 の様なド迫力の声が通った。私は震え上がる。何かまずい場面に居合わせてしまったのだと覚悟した。

 それもあり、後の怒号の内容は判らない。何分、今度こそ殺されると思い、処理されるのを待つ心境だ。プロなら楽に死なせてください、と願う。

 すると、目の前で一人の派手な若者が屈んで背を向けた。普通は人を背負う時しか見せない姿勢だ。意味が判らない。


――あ、ここで殺したら捕まるか。私が観念しているし逃げられる体じゃないから、後で捜索願が出た時に監視カメラを調べても、言い逃れできるよう、手荒に連れ去らないんだ。


 幼い内からミステリーを読み過ぎた脳は勝手にそう結論付けた。

 しかし、


「悪かったね。これが貴方の足になるから」


 ……。

 聞いても理解が追い付かない。先刻とは似ない丁寧な口調だが、最早、存在するだけで威圧できそうな人に真夜中、これを言われて一般人はついていけないと私は思う。

 しゃがんでいる若者か誰かが、お乗りください、のようなことも言った。この辺りは補正がかかっているかもしれないが、背負う気なのは判った。只、乗れと言われても、通りすがりのヤバげな人に乗る経験はそこらに転がっているものではない。通りすがりの車に乗った私が言うのも何だが。


「いえ、これから買物しますので。有難うございます」


 私は穏便に断った。ところが、これで終わらない。


「買物はどこへ?」

「……そのコンビニです」

「▲×◎◆〇。これに何でも言いなさい」


 姿勢良く近付いて来た別の若者が頭を下げた。

 そうではない。誰も手伝いが欲しいなどとは言っていないのだ。むしろ人を増やされてどうしよう、である。しかし、押しの強い方ではない私が押しの強さで生きていそうな、この男性相手に断れる確率がほぼ皆無なことは計算できた。


 つまり、私はその若者に乗る。

 邪魔な鞄はもう一人が持ってくれ、コンビニに入ると、その人が私の言う物を籠に入れて会計を済ませた。異常事態にこちらは手近な適当な物を言った覚えがある。会計で自分がお金を出したかも記憶にない。

 そして、住まいまで送られたが、彼等の仲間からの死角に入った時、報復されないか心配だった。


 彼等がどういう集団だったかは判らない。その筋の方なのか、単に異様に風格ある人の下、古風な階級的礼儀作法でやんちゃな若者を教育し統制する会社なのか、私には知る術はない。

 只、人間、歩く速度を変えるだけで驚く程、異世界に行ける。試すことは勧めない。私はそれを機に真夜中過ぎの外出をやめた。


 そして、今回のKACのお題を見て私は気付く。あの時の正解を。


「ウォーキング中ですので」


 歩行中、貴方の足の代わりになる、との申し出を断りたければ、こう言おう。

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真夜中に牛歩したらヤバそうな人に背負われた件【KAC2023】 小余綾香 @koyurugi

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