やべっ、鍵落した
闇谷 紅
音もなく
「やっぱ着てきて正解だったわ」
アスファルトをポツリポツリ街灯が照らす夜道を歩きながら、僕は呟いた。
暦の上では春の筈だが、暖かくなるのが遅く、深夜ということもあって上着を羽織って家を出てきた自分の判断を自画自賛する。
「いつも通り慣れてる道も、深夜だといつもと全然違って見えるな」
まるで異世界だとおどけながら、それでも暗い道をなるべく明るいところを選んで歩く。
「あと三時間ちょい、か」
今日は遠方に出かける予定があり、自宅を早朝に立たねばならなかった。ただ、早くに目が覚めすぎ、二度寝も出来ず時間をつぶしに施錠して散歩に出たのだ。
「こんなところで足でもくじいたら本命の予定に差し障るし」
かといって家でソシャゲでもしていると時間を忘れて遅刻しそうで、たまには運動不足の解消にもと散歩を選んだのだった。汗をかいたってシャワーを浴びるくらいの時間はとっているし、そもそも汗をかくほどの距離を歩くつもりもない。
「飽き性だしな」
物珍しく感じていた深夜の景色も大部分を闇が占めていては見るものに乏しく、自分で自分を理解しているというか、そうなるべくして見飽きたと思い始めた僕は予定の通り帰路へつく。
「うん?」
そのはずだった。不意に感じる違和感。辺りに誰も居ないのに僕は周囲を見回した。何かが引っ掛かっている。何かおかしい気がするのに、その何かがわからないのだ。
「何だ? あっ」
不気味すぎる感じに、必死に思い出そうとしつつ無意識にまさぐっていた手がポケットへと入り、貫通した。
「あ……な?」
ポケットに入れたはずの指がチロチロ出ているのが見えて、それが別の記憶に繋がった時、背筋が凍り付く。
「あっ、あっ、あぁっ」
僕はそのポケットに、穴が開いたポケットに、家の鍵を入れていたのだ。突っ込んだ手は鍵に触れてない、則ち。
「落とした? こんな暗い夜道で?」
僕は悲鳴を上げた、なんてこった。
やべっ、鍵落した 闇谷 紅 @yamitanikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます