紺碧に紡ぐ君の声

桑鶴七緒

紺碧に紡ぐ君の声

来年大学生受験を控えている。


塾の帰り道、友達と別れた後ひとり電車を待ちながらワイヤレスイヤホンから流れる音楽を聴く。


23時が過ぎた頃ホームに電車が入ってきて、最後尾の車両の座席に座った。自宅から通っている塾までの距離が遠い為、いつもこの時間帯に帰ることが多い。ふと対向席の人を見ていると、ほとんどの人が首をもたれて居眠りをしている。


毎日忙しいとこうなるのは仕方のないことだと当たり前のように眺めてはまたスマートフォンでネットサーフィンをする。


24時前。自宅の最寄り駅に到着し、改札口から出て街灯の薄明かりの中を歩く。

すると、反対方向から1匹の大型犬がトコトコとこちらに向かって近寄ってきた。

僕の足元を鼻で嗅ぎ、膝やコートの裾にも鼻をつけては匂いを嗅ぎ続ける。

そして彼はツンとした表情をしながら再び歩き出した。


なんとなく彼の行動が気になり、どこの家の飼い犬なのか、つられるように後をついていくことにした。

時々彼がこちらを振り向いてはまた歩く、という動作を繰り返しているうちにある公園に辿り着いた。


よく見るとブランコに誰かがいる。

犬はその人物の所へ行き、何やら頭をなでてもらいながら甘えている。そうか、あれは飼い主か。身元が分かり納得したところで、公園から離れようとした時、飼い主らしき人物から声をかけられた。


「塾、大変でしょう?」


僕は驚いて目が丸くなり、なぜその事を知っているのか尋ねた。


「僕は昔から君を知っているよ。僕の事、覚えていない?」

「すみません、全く分からないです……」

「そうか。じゃあこれを見たら分かるかな?」


その男性はバッグからタブレット端末を取り出して、このアルバムを開いてほしいと言い、画面をタップすると赤ん坊の頃や幼稚園、小学生から高校入学するまでの僕の姿が写っている写真が並んでいた。

なぜこれらを持っているのか聞いてみると、それは教えられないと返答したので盗撮したのかと問うとその人は深くため息をついた。


「突然見せられても戸惑うのも当然だよね。これから家に帰るんだよね?」

「そうだよ」

「お家の人に聞いてみて。」

「だから、何なんですか?……えっ、ちょっと、どこ行くんですか?!」

「それは知らない方が良い。この子に気づいてくれてありがとう」


そう話すとその人は飼い犬とともにゆっくりとした歩みで公園を出て行った。後をついて行こうとしたが何となく身の危険を感じたのでやめておいた。


あの人は誰なんだろう。


20分後に自宅に着くと寝室で寝ていた母親が起きてきて随分遅かったが、何かあったのかと言ってきたが、途中コンビニエンスストアに立ち寄ってこの時間になったと嘘をついた。

夕飯を軽めに食べて自分の部屋に入り着替えてから、すぐにベッドに入った。先ほど出逢った人を思い出したが気持ちがモヤモヤして眠れなくなりそうなので、無心になりしばらくして眠りについていった。


翌朝、リビングに行き昨日の深夜に公園で出逢った人について母親に渋々話しかけてみると、容姿を聞いてきたのでそれとなく伝えると、母親が書斎からアルバムを持ってきた。


「もしかして、ここに写っている人?」

「あっ……」


僕は驚いてそこに写っている人物に人差し指を指した。僕が小学生の時に亡くなった父親とあの大型犬が一緒に笑顔で写っている。母親に同じ人に会ったと話すと冗談はやめてほしいと交わされたが、中学生以降に写した写真がなぜその人が持っているのか気になると問うと、仏壇に行ってごらんと返答してきたので、隣の茶の間に行き仏壇の下の引き出しを開けてみると、僕が写っている写真がたくさん出てきた。


──そうか、母親は父親が亡くなった後彼の代わりにたくさん写真を撮ってくれたんだった。

じゃああの犬は何だろう。

キッチンにいる母親の所へ行き話しかけると、僕が産まれる前に飼っていた犬がいたと話していた。

だが、母親が出産日に病院にいる間に、父親が散歩をしていた時に信号待ちの横断歩道に向かって車が勢いよく父親の方に寄ってきたのをかばうように犬が飛び出しその場で即死したのだったという。

ある意味父親を救ってくれたんだと思うと胸が締めつけるように苦しくなってきた。


「もしかしたら、お父さん貴方に会いにきたんじゃない?」

「そうなのかな……」

「もうすぐだね」

「何?」

「来週お父さんの祥月命日よ」


父親はきっと、僕が受験で頭がいっぱいになっているのを、少しは息抜きでもしなさいと伝えにきたのかもしれない。


そういえば塾に通い出してから苛立つ事も増えてきた。時々母親にも些細な事で口論する事もある。それを見かねた父親が僕の元へ会いに来てくれたのだろう。

母親が出してくれたアルバムを開いてしばらく眺めては、ふざけてカメラを覗き込む姿の幼い自分に笑ってしまった。

父親も仕事が忙しい人だったが、その合間を縫ってこうして写真を撮ってくれた。


「お母さん、ビールある?」

「何するの?」

「仏壇に供えるよ」


冷蔵庫から缶ビールをひとつ取り出して、仏壇に置き合掌した。大学に行けるように見守っていてほしいと心の中で伝えて、再び自分の部屋に入り机に向かって勉強を始めた。


「無理せず、自分らしくいなさい」


いつしか担任の先生が言っていた言葉を父親の言霊の様に重ね合わせて、僕は僕らしくこれからも父親の分と併せて生きることを決めた。


お父さん、会いに来てくれてありがとう。


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