名前

"ピピピッ、ピピピッ・・・"


いつものように目覚ましが鳴り、俺はゆっくりと体を起こして目覚ましを止めた。

昨日は酒を飲んだが二日酔いにはなっていない。

しかしながら、とある悩みを抱え込んでしまって頭が痛い。

昨日の夜、飲み会からの帰り道に上京タヌキ(♀)を拾ったのだ。

俺は夢であることを願いながら、タヌキにあてがった俺の部屋の隣の部屋へと移動した。

ちなみに俺とタヌキに貸し与えた部屋があるのは家の2階で、親父は1階で生活しているので、仮に親父が起きていて、タヌキが本当に居るとしても、まだ二人は出会っていない筈である。


「スピーッ、ムニャムニャ、もう食べられないよぉ♪」


部屋のベッドの上にチョコンと乗っている毛もくじゃらの物体は、紛うことなき昨夜のタヌキであり、涎を垂らしながら気持ち良さそうに寝ている。

あんまりにも気持ち良さそうに寝ているので、起こすのも気が引けるが、同居するにあたり、うちの父親にも顔合わせしないといけないので、起こさないわけにはいかなかった。


「おい、起きろ。」


俺はタヌキの体を揺すったが、タヌキはムニャムニャ言って起こる気配が無い。

こうなれば荒療治である。

俺はドスの効いた声で耳元で囁く。


「おい、起きないと狸鍋にして食っちまうぞ。」


「ひ、ひゃーーーー!!御勘弁をーーーーー!!」


俺の言葉に毛を逆立てて、玩具ほ黒ひげ危機一発の様に飛び上がるタヌキ。タヌキには悪いが面白くてフフッと笑ってしまった。


「起きたか、寝坊助。起こそうとしたのに起きなかったお前が悪いんだからな。」


「あっ、誰かと思えば昨日の良い人じゃないですか。もう悪い冗談はやめて下さいよ。タヌキ界ではタヌキ鍋になって死ぬのは、ワーストランキング3位に入る死に方なんですから。」


フリフリと尻尾を振りながら可愛く怒るタヌキ。

それにしても3位となると、1、2位も気になるところだが、とりあえず親父とタヌキの顔合わせを済ませておかないと。


「お前、昨夜みたいに人間に化けてスタンバってろ、呼んだら降りてこい。」


「りょ、了解であります。」


そう言うとタヌキはボンッと煙を立てて、昨夜のワンピース美女に姿を変えた。本当に見惚れてしまうほどの美人である。


「私の顔を見てどうしました?・・・まさか耳が出てますか!?」


ささっと頭を抑えるタヌキ美人。どうやら変化にしくじるとタヌキの耳が残ってしまうらしい。


「違う違う、大丈夫。ちゃんと化けれてるよ・・・てか、お前、名前は何て言うんだ?」


「タヌ美です。片仮名の【タヌ】に美しいの【美】です。」


なんとも簡単な名前だな。児童誌とかに出てきそうじゃないか。

人の・・・いやタヌキの名前に難癖付けるつもりは無いが、少々タヌ美だと人間では突飛すぎる名前だ。少し改名させよう。


「和美(かずみ)。平和の【和】に美しいの【耳が】で和美。人間の時のお前の呼び名は和美な。」


「ほぅ、中々良い名前ですな。気に入りました♪」


ニヤリと笑う和美、一体何様なんだろコイツ?


「そうだ、恩人さん。アナタの名前をまだ聞いてません。教えて下さい。」


あぁ、そうか。まだ名乗ってなかったかな。


「俺の名前は太助(たすけ)。太い【太】に助ける【助】と書いて太助だ。時代劇とかに出てきそうだろ?」


古めかしい名前なので、学生の頃はよくからかわれたっけな。


「なるほど良い名前ですね。タヌキになった時の名前はタヌ助とかどうですか?【タ】を抜かずに、逆転の発想で【ヌ】を間に入れるのがオシャレでしょ♪」


「・・・ドヤ顔で何言ってんだお前。」


そもそも、俺にタヌキになる予定は無い。



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夜中に君と会う タヌキング @kibamusi

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