夜中に君と会う

タヌキング

夜道で出会う

「ふぃ〜飲んだ飲んだ。」


深夜0時前。

飲み屋からの帰り道、俺はトボトボと一人歩いて帰っている。

会社の連中との飲みは楽しく、二次会にも行きたい気持ちはあったのだが、明日は朝から父親を湯治に連れて行かなくてはならないので、一次会で帰ることにした。

すっかりアルコールが回り、赤くなった顔を冷やすには夜道を歩くのが一番だ。飲み屋から家まで5キロは離れているが、趣味が筋トレとランニングの俺である。その程度の距離を歩いて帰るのは余裕だ。

静まり返った住宅街の夜道を歩いていると、人恋しくなってきて、28歳で彼女が居ない自分の現状にハァーーっとため息が出てしまった。

やれやれ、これも夜の妙な雰囲気のせいである。


「はぁー、困った困った。」


不意にそんな声が聞こえてきたので、俺は足を止めた。だが不思議なことに人影は見えない。俺がキョロキョロしていると、俺の足元から声がした。


「すいません、驚かせてしまって。」


おっ?と思い下の方を見ると、傘模様の風呂敷を首にくくりつけた、丸くてコロコロした毛もくじゃらのタヌキが居た。

まさかコイツが声の出所じゃあるまいな?


「お前が、喋っているのか?」


自分でもアホらしいが、狸に向かって話しかけてみた。すると狸は尻尾をフリフリさせながら口を開いた。


「はい、私が喋っているのです。」


……ほうほう、どうやら酔いがまた覚めていないらしい。タヌキが喋るなんてメルヘンな幻覚を見るとは、いよいよ俺もヤキが回ったもんだ。


「もしかして喋るタヌキは初めてな感じですか?」


「そりゃ初めてだ。だが誰だって初めてだと思うぞ。」


幻覚タヌキと会話をしてしまった。こうなりゃこのタヌキが喋らなくなるまで相手してやるよ。


「そうですかぁ、すいません。なにぶん山奥から出てきたばかりの上京タヌキでして。」


「そうか上京してきたばかりか。そいつはご苦労なこった。」


「はい、タヌキの中でも都会の生活に憧れるタヌキがおりまして、かくいう私もその一人なんです。」


都会の生活に憧れるタヌキか……都会なんてそんなに良い所じゃないと思うが、幻覚とはいえ上京したてのタヌキの夢を壊すのは忍びない。ここは黙っておこう。


「それで上京したのは良いんですが、紹介業者から言われたホームステイ先の住所に行ったら、ただの更地になってまして、紹介業者に連絡を取ろうとしても『この番号現在使われていません』ときたもんです。それで暫く考えたんですが、どうやら私は上京詐欺にあったみたいですね。まんまと10万円を騙し取られてしまいました…トホホ。」


「なるほどな。それで困ってたわけだ。」


世の中、悪い奴が居たもんだ。こんな純粋無垢なタヌキを騙すなんて。


「はい、大成するまで田舎に帰らないと大見得を切った手前、山奥に帰るワケにも行かず、ここで途方に暮れていたワケなのです。」


分かりやすくシュンとするタヌキ。

こうなられると親切心というものが湧いてくる。どうせ幻覚だ。ここは助け舟を出してやろう。


「話は分かった。お前さんさえ良ければウチに来な。」


「えっ?」


「行くとこ無いんだろ?ウチは母さんを早くに亡くして親父と二人暮らし、部屋なら余ってるんだよ。まぁ稼げるようになってから、ある程度の金を納めてくれれば、お前一人置いてやるぐらいワケない話だ。」


「ほ、本当ですか?」


「あぁ、男に二言はねぇよ。」


「や、やったーーーー!!」


ピョンピョン跳ねて、喜びをあらわにするタヌキ。こんなに喜ばれると幻覚とはいえ嬉しいもんだな。


「そうと決まれば、人間に化けますね。タヌキと歩いていたら目立ちますもんね。」


「えっ、化けれるのか?」


「もちろんです♪何せ人間社会に溶け込みビッグマネーを稼ぐ為に上京したわけですから♪……それでは変化!!」


"ボンッ"


音と煙とともにタヌキは姿を消し、代わりに現れたのは長い髪の白いワンピース姿の目鼻立ちの整ったスタイルの良い女の子であり、その美貌に俺は目を奪われた。


「お、お前……タヌキなのか?」


俺がそう言うと女の子はニッコリと笑い、背中に背負った傘模様の風呂敷を見せてきた。どうやらタヌキで間違えないらしい。それにしても凄いクオリティだよ。


「お前ってメスだったのか?」


「はい、働き盛りのメスタヌキですが、何か問題でも?」


問題なら大有りだ。タヌキとはいえ女の子を家に連れ込み、尚且つ住まわせるなんて、ご近所さんから何を言われるか。

この時点で酔いがすっかり覚めており、目の前の出来事が現実であること認めざるをえなかった。


「や、やっぱり駄目ですか?」


下を向く美少女…もといタヌキ。

色々と問題は浮上したが、男は一度した約束は守らないとな。


「いいよ、付いて来い。これから宜しくな。」


「あ、ありがとうございます♪」


真夜中の道を歩いていたら、家にタヌキをホームステイさせることになるなんて、不思議なこともあるもんだ。

まぁ、月夜にタヌキと歩くのも悪くはないかもな。







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