あれはそう……
砂漠の使徒
涼しい真夜中のことでした
寝苦しかったんです。
冬から春への季節の変わり目。
暖かな気温は、まだ慣れない体には熱く感じられて。
まったく寝付けませんでした。
そこで僕は、珍しく散歩に出ることにしました。
こんなことは初めてです。
仕事で遅く帰ることはあっても、ここまで深夜に外を歩いたことはありません。
だから、少し怖かった。
草木も眠る丑三つ時とは言ったもので、あたりはしーんと静まり返っています。
耳を澄ませばかすかに車の通る音や風に揺れる草木の音が。
「……せ」
心地いい音……ではなく。
なにか不思議な響きでした。
「……え……せ」
音はますます大きくなっていきます。
なんとなく聞こえていた音ははっきりと聞こえ始めてきます。
「か……え……せ」
ついに聞こえました。
「かえせ」と言っているようです。
「……」
なにを……?
私は頭を巡らせましたが、まったくこころあたりがありません。
有名な怪談で「置いてけ堀」というのがありますが、別に私はここでなにかを奪った覚えもありません。
「かえせ……かえせ……」
声はさらに鮮明に。
周りの全ての音が、この声に。
「しっ、知らないぞ!」
僕は怖くなり、走り出しました。
踵を返し、自宅へと。
この頃にはすっかり体が冷え、恐怖で汗がにじみ出していました。
「はぁ……はぁ……!」
なんとか家にたどり着きます。
すっかり声は聞こえなくなり、再び辺りは静まり返っていました。
「汗……かいたな」
家に入り、息を整えた僕はにわかにパジャマが汗で濡れていることに気づきました。
そこで、洗濯物の山からシャツを……。
「あ」
なんと、洗濯物の中から近所の山田さんのシャツが出てきたではありませんか。
今日コインランドリーに持っていったときに彼が置き忘れているのを見つけて、後で届ける予定だったのに忘れていたのです。
「もしかして……」
「かえせ」と言っていたのは、山田さんだった……のかなぁ?
「あの人怖いんだよなぁ……」
幽霊ではないことに安心したものの、それよりも怖いことが起きそうで背筋が寒くなったのでした。
(了)
あれはそう…… 砂漠の使徒 @461kuma
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