吾輩は七四六明である。まだ有名ではない

七四六明

吾輩は七四六明である。まだ有名ではない

 私の名は七四六明ななしむめい。まだ有名ではない無名の書き手だ。

 主にバトルファンタジーを得意として書いているが、流行に乗り切れず現在上位の作品を読んでみるも肌に合わず。どうしたら私の世界観、私の文章で人々をより引き込めるかというテーマで、毎度四苦八苦している次第である。

 そんな私の仕事を詳細に語る事はしたくないのだが、主に現場仕事。現場に直行して仕事する肉体労働である。

 時間も決まっていないので、夜に終わって遅くに帰る事など珍しくもない。だがその日――今回語る夜は、私にとって最も過激で、最も充実した夜だった。

 あれはそう、冬の話。

 仕事が終わった私は現場で解散を言い渡されたのだが、時間を見ると深夜二時を回っていて、とても電車が運航しているような時間帯ではなかった。

 では近くのファーストフード店で時間を潰そうか――と思っていたのだが、残念。深夜帯は店の清掃のために使えないと来た。

 漫画喫茶やネットカフェなどの手段も無くはなかったが、当時の私の懐は寂しく、とてもそんなところに行ける状況でもなかった。

 ので、私はとあるチャレンジを思い付いた。

 題して『始発電車の時間までにどこまでの駅に歩いていけるか』だ。

 まぁ簡単は話。電車賃を浮かすと同時、時間つぶしがてら歩いて行こうという話になった次第である。これは後で両親に話したらこっぴどく叱られた。満喫に止まるとかネットカフェとか使えと、滅茶苦茶怒られたのだが、私個人としてはそう悲観する状況でもなかった。

 ファーストフード店で買った珈琲をお供に、仕事先で帰りに食べてと支給された弁当を食べてエネルギーをチャージ。私は、私の中に搭載された架空のエンジンをふかし始める。

 気分はそう、某巨人討伐ダークファンタジーの立体機動装置。

 とにかく速く。とにかく立体的に。作品そのものをちゃんと見た事はないけれど、知っている限りの情報を駆使して、跳び回るような感覚で早歩く。

 敵は巨人に限らない。異形の悪魔に異能を持った人間。様々な敵を想定する。

 十本の腕を持つ巨大な蜘蛛のような悪魔が、鎌首をもたげ、胴を持ち上げ襲い来る。

 自分は立体機動を駆使して噛み付いて来る顎を躱し、鎌首の下を潜り抜けて持ち上がった胴にワイヤーが絡みつくように飛んで、固定。別の場所に爪を引っ掛け、股下を潜り抜けながら両脚に刃を叩き付け、倒れた体の上を取ると、自身を高速で回転させて背骨を辿る様に駆け抜け、最後に脳天に刃を突き立てて仕留める。

 巨人の弱点は項だそうだが、そこは無名作家のオリジナル。と言うか、普通頭を潰されて生きてる生物なんていないだろ、と思うと言う話。

 次は立体機動を外し、自身が高速を持つ設定の肉弾戦。

 歩く途中に立ち並ぶ街灯のオレンジが、敵の異能設定を電撃に決定させる。

 電撃を飛ばす異能力者よりも速く走っているつもりで、早足。街灯の上に立つ能力者の放つ電撃を躱しつつ、反撃の糸口を探るように走る、走る。

 電圧の高い電撃を放つためにチャージするためのインターバルがあるとして、そこを突くつもりでまた走る。

 細かな電撃では捉え切れないと判断した能力者がチャージし始めた時。自分のイヤホンから必殺確定BGMが流れて、私は勝負に出るつもりで信号を走って渡る。

 距離を詰められた能力者へ拳のラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 全てを受けられ、いなされつつも、フェイントを混ぜて繰り出した回し蹴りが決まり、近くに停まっていた車にぶつかったイメージで車が噴き出す白煙が、頭の中で戦塵に変わった。

 しかし敵は倒れない。

 戦塵を掻き分けて立ち上がり、電撃で自身の体を流れる電気信号を操作。電光石火の早業で迫り来る。

 無名の作家は自身に補正をかけ、電光石火にも応じる速度を自らに与え、電光石火を持つ者同士の戦いに持ち込む。

 信号で一時停止する車の上を戦場に、拳と蹴りが行き交う攻防を繰り広げる両者。一瞬でも気を抜けばその一瞬を突いて決まる攻防を車が急発車した瞬間に決めた自分の拳が、能力者の腹を穿って突き飛ばし、勝負を決めた。

 二戦目を終えたところで、雪が降って来た。

 予報では降ってもみぞれ程度と聞いていたのに、ドカ雪だった。

 私の体はもう満身創痍。疲労困憊もいいところだ。が、頭が元気ならば何とかなる。噴き出すアドレナリンに身を任せ、自らのジョブをチェンジ。当時考え付いた最強キャラの仮想対戦実験を行う事にした。

 天気は雪だが、着ている服は雨合羽。リュックサックから取り出した傘が得物。

 雨の降る日に現れて敵を狩る。謎の男。レインウォーカーとは、今ばかりは私の事だ。

 敵の設定はまだ決めていない。が、悪鬼羅刹。魔性の類を相手にさせるつもりであったから、丁度通りかかったショッピングモールと同じサイズの大鬼を用意した。

 トラックのクラクションを掻き消すほどの大声を上げて吠える鬼。こちらの得物はただの傘だ。が、使い手が只者ではない。

 降り頻る雪――本当は雨がいいのだが妥協して――を足蹴に、振り下ろされる鬼の腕を避けて駆け上がり、対面。

 傘だと思わせない切れ味の斬撃を顔面に叩き込み、背中から倒れ伏した鬼が立ち上がろうと突き出した腕を両断。再び背中から倒れた鬼の首を斬り、胴体と切り離した。

 その後も様々な敵を傘で斬り伏せ、斬り捨て、進んでいく。

 十体。二十体と斬ったところで空が明かりを灯し始め、時間終了が迫って来たのを察した私は、一瞬頭を現実に戻し、最も近い場所にある駅を検索。

 もう生まれたての小鹿くらいに動かない脚を無理矢理動かし、最後の力を振り絞って雪の降る中を歩き抜き、脳内で五十体近くの敵を倒して始発電車に乗り込んだ。

 仕事を終え、脳内に大量分泌されたアドレナリンが切れた私は、始発電車の中でイビキを掻いて寝てしまった。

 これが、私の長いようで短い夜の話。

 歩いた距離はどれくらいだっただろう。ただ駅で言うと、五、六駅分は歩いたらしい。かれこれ三時間近い夜の散歩は、何とも有意義で、何とも夢のようで、何とも現実味を帯びた寒々しい夜であった。

 吾輩は七四六明である。未だ有名ではない。

 いつかこんな妄想男にも、花が咲く時が来る事を祈る。

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