農道を踏む夜に

白部令士

農道を踏む夜に

 伯父さんから奥の方の小さな畑を借りていた。夏の今頃は近くの水路から水を汲めるので楽が出来る。問題があるとすれば野生動物の出没だ。とは言っても、九州に野生の熊はいないことになっているし、ここいらだと鹿や猪も滅多に出ない。ただ、アナグマやハクビシンが出る。なにもしなければスイカやトウモロコシをガッツリ食べられるのだ。


 網や柵なんてのは基本で、出来れば夜の見回りもやっておきたい。

『若いんだから、夜中でも大丈夫だよな? ついでだから俺の所も見といてくれ』

 と、伯父さんに言われ、右手に蛇払いの棒、左手に懐中電灯を持ち、とぼとぼ農道を歩いて回る。深夜の散歩だ。

「伯父さんが軽トラで見て回った方が早いと思うけどな」

 何度となく、同じぼやきが出る。道幅が狭いし荒いので、自分の車で回る気にはなれなかった。


 僕が借りている畑の近くまで来た時のこと。先の方で灯りが揺れているのが見えた。女の人だ。女の人が奥への道から歩いて来る。

「あっ、こんばんは」

 彼女も気付いて、先に頭を下げてきた。

「こんばんは」

 と、返してはみるが。目の前まで歩んで来たのは、僕から見ても若い、女の人というか女の子だった。中学生くらいだろうか。大きなスイカを抱えている。

「君も見回りかい?」

「まあ、そう。見回り見回り」

 女の子は言って、スイカを抱え直した。

「重そうだね」

 と、見たままを訊いてみる。

「うん、重い。本当はまだ食べ頃じゃないんだけど。つるを踏んで折ってしまったから」

「あぁ、あるある。勿体ないけど仕方ないね」

「ですね」

 女の子が小さく笑った。そして、スイカがどうにも重そうだった。引き留めても悪いので、

「気を付けて」

 と言って見送った。


 朝になって伯父さんの家に行き、女の子と会ったことを話してみる。

「若いからと言って、あの子も使われたもんだよ」

 嫌味に取られない程度、しみじみと言ってみる。

「そんな子がねぇ。夜中に、だろう?」

 伯父さんが腕組みする。

「スイカ泥棒ってことはないか? 大丈夫なのか? あの辺、スイカ植えてたのお前だけだろう」

「いや、僕の所のスイカは、小玉の、皮の薄いやつだから。あの大きさのは無いよ」

 と、手振りでスイカの大きさの違いを示す。

「そうか……。奥の方で誰か畑をやってるのかな? 奥はもう、ずっとヤマ、竹藪の筈だがな」

 気になって、伯父さんと奥の方を見に行ってみる。直ぐに農道は途切れ、竹藪に呑み込まれた。畑なんて、無い。

               (おわり)



 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

農道を踏む夜に 白部令士 @rei55panta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説