注文の多い料理店
東紀まゆか
~追放パーティの面接は、上手く行かない~
「うわぁ、王都はやっぱり賑やかだなぁ」
行きかう人々や、立ち並ぶ建物を見て、ナハトは目をキラキラさせた。
「どきなチビ! ボサッとしてると危ないぞ!」
すぐ横を走り抜ける馬車から浴びせられた罵声にさえ、都市の活気を感じた。
ここでなら、やり直せる。
ナハトは料理人を夢見て、山奥の田舎から出て来た。二年間修行した食堂の主人が、借金を残し夜逃げしてしまった。
なんとか債権者の追跡を逃れて、山を越え、この王都までたどり着き。藁にもすがる思いで駆け込んだ宿屋で、料理人募集の面接を紹介された。
「ダウンタウンの山猫食堂で、コックを募集してるから行ってみたら?」
あの宿屋のお姉さん、おっぱいが大きくて美人だったな……って、そんな事はどうでもいい。ここで仕事を決めないと、田舎に帰る事になる!
ナハトは、懐に大事にしまい込んだ、商売道具を抱きしめた。
料理人を目指す僕のために、鍛冶屋の爺ちゃんが、丹精を込めて鍛えてくれた三本の包丁。
僕を送り出してくれた、村の皆の期待に答えなきゃ!
意気揚々と、ナハトは山猫食堂があるという通りに向かった。
この店かな?看板が汚れてるけど。
猫……食堂……。間違いない!
たどり着いた店は昼時だけあって、繁盛している様だった。
入り口から店内を覗き込むと、厨房も店内も人で溢れ、物凄く忙しそうだ。
活気に押され、立ち尽くすナハトに、初老のウェイターが声をかけた。
「小僧、御用聞きなら裏へ回りな」
「あの、僕、採用面接を受けに来て」
「あ~、そういや店長が、何かそんな事を言ってたな。二階だ。裏口から二階へ上がりな」
裏口へ回ったナハトは。鶏小屋があり、縄に豚が繋がれているのを見て思った。
食材の一部を、店で育ててるんだ。ちゃんとした店だな。
その頃、二階では。
「パーティー追放が流行ってるからって、自分から飛び出す事ないのにサ」
ネイルを塗りながら言うギャルっぽいヒーラーの少女に、魔法使いが言い返していた。
「うっせぇな! 流行りに乗った訳じゃねぇよ! お前だって、あんな連中にバカにされてまで、一緒にいる気ないだろ!」
爪に息を吹きかけながら、ヒーラーは思った。
そりゃパーティーのリーダー気取りでいたのに、もっと優秀な魔法使いが加入したんでギャラが減ったら、プライドが傷つくよねぇ。
もっとも、そいつが治癒魔法を使えたから、アタイまで巻き添え食ってクビになったんだけど。
「そりゃムカつくけどさ。迷惑なんだよね。あんたとアタイがデキて駆け落ちした、って噂が流れてるから」
「えっ、マジ?ほんと? お前、俺に気があるの?」
「キモい! そういう所、本当にキモい!」
キーキー騒ぐヒーラーを前に咳払いした魔法使いは、言葉に威厳を込めて言った。
「とにかく、新しいメンバーを面接して、自分たちのパーティーを作るんだ。そうすれば、余計な事をいう奴もいなくなる」
「面接って、こんな屋根裏部屋みたいな所に人が来るの?」
「贅沢言うな。店長が知り合いだから貸してくれたんだよ。それに、あちこちの宿屋に出した戦士募集の貼り紙に、何件か問い合わせがあったらしいぞ。一人、凄く強そうな奴が聞いてきたって! 筋肉はゴリラ! 牙は狼! 燃える瞳は……」
その時、部屋のドアをノックする音がしたので、二人は黙った。
「ゴリラが来たんじゃない?」
「どうぞ、入ってくれたまえ」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたナハトを見て、魔法使いとヒーラーは目が点になった。
「ずいぶん可愛らしいゴリラね……」
自分も少し失望したのだが、そんな様子は見せず、魔法使いはヒーラーに言った。
「なぁに、戦士は見た目じゃないよ。ようこそ。座って」
勧められた椅子に座り、ナハトはおずおずと言った。
「ナハトと言います。山向こうの町から来ました。宿屋で面接の事を聞いて……」
「歓迎するよ! 早速だけど、ウチを志望した動機は?」
「はい、一人前になる為に、修行したくて来ました」
「アタイら、一人前じゃないのに独立したけどね」
呟くヒーラーに肘鉄すると、魔法使いは作り笑顔で言った。
「そうか、立派な志だ! 早速だが、君の得意技は何かね?」
「えっ、得意な事ですか? う~ん」
数秒、考え込んだ後、ナハトは答えた。
「みじん切りと、三枚おろしですかね」
ネイルブラシをポトッ、と取り落とし、ヒーラーは呟いた。
「この子、見た目の割にエグい」
魔法使いは、喜び勇んで質問を続けた。
「ほう、君はソードマスターか!」
「そんな大げさな物じゃ……。あ、これが僕の獲物です」
そう言うとナハトは、懐から三本の包丁を取り出して見せた。
「爺ちゃんが鍛冶屋で、丁寧に鍛えてくれたんです。毎日、研ぐのを欠かしません」
ヒーラーと魔法使いは、おっかなびっくり三本の包丁を見ながら言った。
「本数は多いけど、思ったより短いのね……」
「もしかして、君はニンジャやアサシン系か?」
ナハトは焦った。
え? この包丁じゃマズかった?
都会の人には、貧弱に見えるのかな?
慌てたナハトは、話題を変えた。
「勿論、切るだけじゃないですよ。焼くのも炙るのも、僕は一通りできます」
魔法使いとヒーラーは、顔を見合わせると、小声で言い合った。
「ちょっと、この子、あんたより魔法使えるじゃない」
「バカにすんな! 俺だって火炎魔法くらい使えるよ」
二人の様子を見て、ナハトは慌てて言った。
「そうですよね、それくらい皆さんも出来ますよね。あ、そうだ! 前に修行していた所で、変わった技を教わりました。その地域にしかない手法です」
「ほう、それはどんなのだい?」
「生きたまま、油で揚げるんです」
魔法使いとヒーラーは、声を揃えて言った。
「それ、魔法じゃないよね!?」
「コツがあるんですよ。最初に酒に漬けて、酔わせてから油に放り込むんです。こうすると、どんな暴れものでも、酔いつぶれて暴れなくなりスムーズに……あれ?」
魔法使いとヒーラーが顔面蒼白になって黙りこくったので、ナハトは「しまった」と思った。
どうも自慢げに、余計な事を喋って気分を害してしまったようだ。
なんとか挽回しなくちゃ。
僕にしか出来ない事、僕にしか出来ない事……。
都会の人には出来なくて、僕には出来る事……。
そうだ!
「僕、山育ちなんで。首を落とすとか、皮を剥ぐ所から出来ますよ。血抜きも出来ます。逆さ吊りにして喉を切るんです」
「可愛い顔して、凄い事するわね……」
「いや、敵に最後までトドメを刺すのは重要だ」
「あ、そうだ。血を抜く時は、はらわたも出さなきゃダメなんです。下手な人は、口の方から取ろうとするんですけど、あれは肛門から引き抜いた方が、実は上手くいって……」
ヒーラーが、小声で魔法使いに耳打ちした。
「大陸の西の外れに、人間の肉を食って、皮でランプシェードを作る蛮人がいるって。この子、その仲間じゃない?」
「ははは。まさか。しかし、念のため……」
魔法使いは、ナハトに尋ねた。
「まさかとは思うが……。君、人を食ってないよな」
ナハトはショックを受けた。
人を食った話だと思われてる! 僕の技術が信用されていないんだ!
こうなったら実技を見せて、アピールしないと……。
裏口に繋がれていた豚や、鳥小屋の鶏を思い出し。包丁を手にすると、ナハトは言った。
「そうだ! よろしければ、下にウヨウヨいたのを、実際にバラしてみせます」
ヒーラーが悲鳴を上げた。
「大量殺人で追われる身になるわよ!」
「よろしくない! 絶対よろしくない!」
「あ、そうですよね。食材にも、使う順番がありますよね。スミマセン」
落ち込むナハトを前に。ヒーラーは革袋にネイル道具を詰めて、帰り支度を始めた。
「アタイは食人族と組む気は無いからね! どうしてもって言うんなら、もうアンタとも組まないから!」
「まぁ落ち着けよ。話は通じるみたいだし、何とかなるって」
キーキー騒ぐヒーラーを押さえ、魔法使いはナハトに言った。
「俺たちが上手くやっていく為には条件がある。まず、俺たちを食わない事」
「えっ? あっ、はい」
新人は出しゃばって目立つな、って事だな、とナハトは思った。
「そしてもう一つ。分け前は儲けの三分の一ずつだ。それでいいか?」
「えっ、いいんですか?」
こんなに繁盛している店の利益の、三分の一も貰えるなんて!
頑張って貯金すれば、いつか自分の店を出せるかも。
興奮するナハトを見て、魔法使いは右手を差し出した。
「ようし、交渉成立だな。今日から俺たちは仲間……」
その時。
ドカッ、とドアを乱暴に開け、むくつけき大男が入って来た。
筋肉はゴリラ。牙は狼。
傷だらけの防具をまとい、弓と矢を背負った大男は、雷鳴の様な声で言った。
「全く、ふざけた街だぜ! 同じ通りに、山猫食堂と海猫食堂がありやがる! 違う方へ行っちまったじゃねぇか!」
自分を見つめる四人を見て、大男は呟いた。
「なんだ? 戦士の採用面接は、ここじゃないのか?」
◆
「アナグマのアバラ肉ステーキ、上がったよ!」
ナハトの声に。テーブルの客と談笑していたヒーラーが厨房に駆け寄る。
「三番テーブルのお客様にね。臭い消しのハーブも忘れないで添えて」
「任せてよ。アタイを誰だと思ってんの」
「おい、シェフ」
厨房の裏口を開け、〝筋肉はゴリラ〟の大男……。弓使いが四脚の獣を担いで入って来た。
「なんか山の中でカチ合ったから仕留めて来た。料理できるか」
「わっ、イノシシじゃないですか! 煮物にもシチューにも出来ますよ。凄い!」
「本当は、鹿を狙って山に入ったんだがな」
あの日から三か月。
面接部屋で出合った四人は。
「俺たち、冒険より、店を出した方が向いてんじゃね?」という結論を出し。
山に近い王都の端っこで、ナハトをシェフに、ジビエ料理店を経営していた。
王都では珍しい山の幸が食べられるとあって、人気は上々だった。
「命がけで、ダンジョンで宝を探すより、こっちの方が儲かるとはなぁ」
「お~い、ボーイさん酒を追加!」
窓によりかかってサボっていた魔法使いは、客に呼ばれてノロノロ歩みだし、呟いた。
「全く、人を食った話だぜ」
注文の多い料理店 東紀まゆか @TOHKI9865
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます