あわてんぼうの◯◯[ノーリグレットチョイス番外編]

寺音

「どうして、てめぇはそうなんだ」

 もうすぐ日付が変わろうかと言う深夜に、私は外出した。冷たく刺すような空気が、怒りで燃えた体を逆に癒してくれる気がする。

 アパートの扉を閉めて鍵をかけ、鮮やかに光る町のネオンに向かって歩き出す。

 こんな時間でも、私の住む町は眠らない。


 ロングコートの裾を蹴飛ばすようにして歩く。今日はやけに鬱陶しいと思えば、間違えてブーツではなくスニーカーを履いてきてしまった。

 そんなことすら、いつも以上に腹が立つ。


 どれも大したことじゃなかった。最近残業続きだったとか、お気に入りのランチを食べ損ねただとか、やっと早く帰宅したと思ったらクリスマスの予定で彼氏と喧嘩したとか。

 お互い忙しいと分かってた。けど、聖夜に会えることだけを楽しみに頑張っていたのに。


 突然強風が吹きつけ、私の横っ面をひっぱたく。冷たくて痛い。髪も乱れた。良い大人のくせに、涙が滲んでくる。

 涙を流すまいと些細な抵抗をして、私は上を向く。町の明かりのせいなのか、夜空は意外と明るい。

 そこはサンタクロースが、プレゼントを配るためソリを走らせる場所だ。


 しかし、この空には怪物が住むという。そのせいで、空に浮かぶ天空都市は孤立してしまったのだと、中学の時に授業で習った。

 こんな空では、サンタクロースも飛べやしない。

「クリスマスなんて、もうない」

 口に出すと虚しくて、涙が溢れそうになった。


 その時、私の視界に何かが映り込む。何かがヒラヒラと揺れながら、夜空から落ちてくるのだ。

 動きから紙か布だろうと思ったが、どうも違うみたいだ。

 ふわりと落ちてきたそれを、私は思わず両手で受け止める。


「ポインセチア?」

 雨や雪なら分かるが、何故花が空から。どこかのビルから落ちてきたのだろうか。しかし、周囲を見回しても、それらしい場所は見当たらない。


 くるくると回りながら、地上へと舞い降りた赤い花。何故か昔読んだクリスマスの絵本を思い出す。

 空から降ってきたプレゼントが、それぞれの子どもたちの元へ。サンタクロースが夜空から降らせたものだ。

 空から落ちてきたポインセチアは、それと似ている気がする。


 ふと、コートのポケットから振動を感じた。

 私の携帯端末がメッセージを受信したらしい。花を片手に乗せたまま、恐る恐るそれを確認する。

 喜びで胸がふわりと温かくなった。


「メリークリスマス!」

 ポインセチアはきっと、ちょっとあわてんぼうのサンタさんからのクリスマスプレゼントだったのだ。

 そんなことを思ってしまうほど浮かれて、私は手の中の赤い花に微笑んだ。





 


「ヒダカ」

「ああ?」

「さっきの帰り道での戦闘、敵の数が多かったし、僕も戦うことにしたじゃない? 『邪魔だから』って僕の荷物を捨てて」

「あー、どうでもいいモンしか入ってねぇからって言ってたな」

「うん。下は海だったし、もう良いやって思ってそうしたんだけど……どうやら勘違いしてて、桜さんから頼まれた大事なお花が入っていたみたいです」

「――はぁ!?」

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