溺れた男

如月姫蝶

溺れた男

 刑事さんは、家の裏手で、ブルーシートにくるまれてたアタシを発見してくれた。危うくバラバラにして捨てられるところだったよ。


 大型台風が通過した翌朝、その農村では、被害状況の確認が行われた。

 人的被害はゼロ……とはいかなかった。住民である八十代の男性が、田んぼの用水路で溺死しているのが発見されたのだ。


 不審な点があったため、警察が男性の自宅を訪問したのである。

「主人は馬鹿ですよ。深夜に、あんな台風の最中さなかに田んぼを見に行くなんて。散歩に行くって、一人で出掛けたんです」

 未亡人になったばかりの小柄な老婆は、肩を震わせ、涙を拭った。

「ご主人の外出を、お止めにならなかったんですか?」

「止めたけれど出て行ってしまったんです! あの大柄な男が、この私を突き飛ばして!」

 刑事が見たところ、確かに夫婦間の体格差は大きそうだ。そして、老婆の頬は腫れていた。

「昨夜、この辺りを走行していた車のドラレコの映像を確認できました。ご主人が田んぼの方へ歩いておられたのですが、と言いますか……」

 老婆は、静かに刑事を睨み上げた。


「ケンちゃんは、このアタシを選んだんだからね!」

 アタシは、勝ち誇ってそう叫んでやりたかったけど、もう一人の刑事の腕に抱かれて、上がり口で大人しくしてるしかなかった。

 そこには、ケンちゃんの足には絶対に小さすぎる、濡れた長靴が転がっていた。

「やめて! その女を家には上げないで!」

 老婆は、鬼の形相で叫んだ。

「私の立場はどうなるんですか……

 夫婦二人で終活を済ませたと思ったら、主人がやたら高価なラブドールを買い込んで……しかも、そんなものと心中してしまっただなんて……

 私が見つけた時、主人はもう死んでました。私はただ、世間体を守るために、主人が体に括り付けていたその女を引き離してやっただけですよ」

 老婆は、哀れっぽく訴えた。


 エッヘン! アタシの勝ちなのだ!

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溺れた男 如月姫蝶 @k-kiss

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