【掌編】憧れのお菓子~777文字で綴る物語③~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

『お菓子』は甘くなかった…

 2037年、世界は混乱に包まれていた。

 株価の暴落、驚異的な危険性を持つ病原体による病気の流行、そして戦争だ。

 この年を世界大恐慌、終末の鐘が鳴った年と後々の歴史家は記している。


「ねぇ、おそとはこわいよ?」


「大丈夫さ。今の時間は」


 瓦礫と燻ぶる煙が視界をボヤケさせる中、戦争孤児となったとある幼い兄弟は歩いていた。


「おにいちゃん……かえろうよ」


「もうちょっと……もうちょっと探せばあるはずなんだ」


 兄は希望に満ちた目でずっと奥を見つめ、ずんずんと歩いていく。

 弟は不安そうにおずおずと兄の後ろをついて歩き、帰ろう帰ろうとせがむのであった。


「お前だって食べてみたいだろ? 甘いお菓子を」


「だって……」


 弟は泣きそうな顔をして地面に俯く。


「あしがいたい……」


「ほら、もうすぐだから」


「でも……」


 二人きりの家族、二人きりの兄弟――。

 今は戦時中ということもあって大人にも頼れない。

 いつ終わるとも知れぬこの戦争の中をずっと、この先も二人で生きていかねばならない。

 だからこそ兄はかわいい弟を守り、なんでもしてあげたかったのだ。


「アントンさんに聞いたんだ。この辺がお店のあった場所だって……。そこには『お菓子』っていう甘いものがあるんだって」


「きっともう、ないよ。おとながぜんぶ、もっていったよ」


「兄ちゃんはな、お前に食べさせてやりたいんだ」


「にいちゃんがたべたいだけじゃないの?」


「ハハッ! そうだな。僕だって食べたい」


 生まれてからずっと戦争しかなかった二人にとって知らない物は多く、娯楽もほぼ無い。

 そんな中での大人から聞いた『お菓子』というものは憧れの象徴だったのだった。


「あっ! にいちゃん、これ!」


 弟に指し示されたそこには鈍く光る、クッキーと書かれた丸い缶がっ!!

 それを掘り出した兄は希望に満ちた目で蓋を開け、中を取り出すと――。


「ぐちゃぐちゃだ」


「ぐちゃぐちゃだね、全部……」

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