それ着てくの?

夏目碧央

第1話 それ着てくの?

 3月初旬、菊池と山本は駅で落ち合った。

 二人は大学三年生である。今日はある企業の集団討論に参加する。午後1時からなので、その前に近くで食事をしようという事になっていた。二人は近くの食堂に入った。

 菊池にとって、今日は初めてのリアル就活である。何度かオンラインセミナーに参加したが、実際に企業に赴くのは初めてなのだ。買ってもらったリクルートスーツにも、まだ袖を通していない。

 今日の集団討論は、「私服で」という指定があった。とはいえ、何でもいいわけではないだろう。少し前までならば、セーターやトレーナーが着られただろうが、急に暑くなってきて、今日はセーターの気候ではない。と言っても、フードのある服やジーンズというのは良くないのでは。菊池は色々と考え、白と茶の太いボーダーのカットソーを着て、黒いズボンを履いた。これがベストだ、と思えた。

 緊張していないと言ったら嘘になる。ソワソワする。友達同士、先に会っておいた方が気が楽になると思い、二人は一緒に昼食を摂る事にしたのだ。


 食堂には丼物や麺類が多かった。菊池は大の麺好きである。気候的に汁無し担々麺がいいと思って注文した。山本はとんかつ定食である。

「お前、この状況でよくそんなに食えるな。」

菊池は山本の定食を見て、そう言った。確かに、とんかつとご飯だけでもガッツリなのに、鉢物が二つも付いていて、漬け物やキャベツもたっぷりだ。

「腹が減っては何とやら、だろ。」

山本はしれっと言った。

 さて、菊池は箸を取り、汁無し担々麺の麺と具を混ぜ合わせた。辛そうな赤い汁が食欲をそそる。ある程度混ざったところで、ズズっと麺をすすった。

「あっ!やべえ。」

菊池は慌てて箸を置いた。一回目の「ズズッ」で、いきなり汁が服に飛んだのだ。また運悪く、ボーダーの白い部分に3つ、赤い点が付いてしまった。

「あーあー、これで拭けよ。」

山本がおしぼりを渡す。だが、菊池は自分のおしぼりで拭いた。

 残念ながら、拭いても拭いても、赤い点は落ちない。菊池は焦った。いくら私服でと言われても、汚れていては減点されてしまうのではないか。そもそも格好悪い。ああ、なぜこんな時に麺類を頼んでしまったのか。いやいや、麺好きだし、食欲がそれほど無かったら、どうあっても麺だろう。服が悪かったと言わざるを得ない。黒い服だったら良かったのに。

「落ちないよ、どうしよう。」

菊池は拭き取るのを諦めた。買いに行くと言っても、この辺りに服が売っている店などない。遠くまで行っていたら間に合わない。石けんで洗うとしても、1時までに乾くとは思えない。家だったらドライヤーという手もあるが、この店でそんな物は借りられないだろう。

「そしたらさ、いっそ模様のフリして、他にも色を付けたらどうだ?」

山本が言った。

「他の色?」

菊池が怪訝そうに言うと、

「そう、例えばほら、このナスの漬け物の汁とか。」

そう言って、山本は新しい箸を一本取り、ナスの漬け物の汁を先端に付けた。それを、おもむろに菊池の胸の方へ近づける。

 菊池は迷った。山本は冗談で言っているのだろう。そんなの辞めろよと突っ込めばいいのかもしれない。だが、模様作戦は案外ありなのでは?

 迷っている内に、山本の箸が菊池の胸に到達した。紫色の点が付いた。

「いけるんちゃう!?」

山本は自分でもびっくりしている。そして、もう一度ナスの汁を箸に付け、もう一点菊池の胸に付けた。

「こうなったら、黄色もありじゃね?」

山本はたくあんに箸を差し、それを菊池の胸に付けた。更には味噌汁、ひじき。まるで花火の模様のようだ。

「よし、これで後は心置きなく麺を食えよ。」

山本は満足げに言った。

「・・・お前、本気で言ってる?」

だが、菊池はやけくそになって担々麺をぐちゃぐちゃに混ぜ、ズズズっとすすった。もう赤い点がどこに付こうと構わない。

 だが、何となく匂いが・・・。

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それ着てくの? 夏目碧央 @Akiko-Katsuura

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