今日のページに挟んだ栞
秋色
第1話
わが聖クラウディア学院中等部では、中二の三月に恒例の職業体験がある。先生の作ったクジで二人がペアになり、職業体験フェスタの会場を巡るという一日だ。
私の相手は、
ちなみに母親は佐藤優樹菜という美人女優さん。子役から活躍し、今も脇役で活躍中らしい。私が見るようなドラマやバラエティ番組には出てこない。でも学校行事でその姿を見た時に、こんな美しい人がこの世にいるんだな、とため息が出るほどだった。父親はその女優さんの幼なじみで、一般人らしい。byウイキペディア。
とにかく清見さんとペアになる事が決まった日から、職場体験の日が私の心配の種となった。
クラスメート達は、
「渡瀬ちゃん、わが中等部の有名人とペアになるなんてすごいじゃん」とか、
「杏ちゃん、横にいるとプレッシャーよねー」
なんて言う。
でも別に、横にいると比べられるからなんて、そんな事で心配しているわけじゃない。もちろん少しは気になるけど。でもソフトボールやってる私はショートヘアに色黒。あんな色白でふわっとした巻き髪の美少女と比較対象になるわけないよ。
私が心配していたのは、清見さんが、私と一緒にその日、行動してくれるかなぁという事。もしかしたら私の事を嫌いなのではないかという心配が去年の秋頃から私の心の中にボンヤリとあった。
ボンヤリというのは、同じクラスでも普段はそもそも一緒に話したり、行動する事はなかったから。私達のクラスは名前のアルファベット順で席が決まっている。またアルファベット順で二つのグループに別れ、ほとんどの授業は別々に行われる。なので清見さんと、名字が渡瀬の私とでは、一緒に行動する事は少ない。
清見さんがお昼ご飯をみんなと食べない事を私は知っていた。私達は教室で食べているけど、遠い棟のカフェテリアまで行って食べていると聞いた。
口の悪いクラスメートは、「どれだけ自分を特別だと思ってるのかしらね〜」なんて陰で言っていた。
見た感じ、冷たそうに見えるから、そう言われるのかな。でもみんなとお昼を食べないのは事実。そして私の事を避けているのも。
というのも、二学期の遠足の時、目的地の高原に着いて、さぁ、みんなでお弁当を食べようねってなった時の事だ。私達は長いテーブルに
私は、清見さんに何かしただろうかと記憶を辿った。でも何にも見つからない。そんな憶えはないけど、知らず知らずのうちに乱暴な態度をとってしまったのかも知れない。男兄弟と育った自分は、清見さんと違い、ガサツなんだと思う。
もしくは私が親しげに話した男子の誰かが、偶然清見さんのカレシだったとか? いや、私が気さくに男子と話をするなんて漫画の話とかお笑いの話とか、そんな位だ。そんな男子のうちの一人があの子の彼氏なんて有り得ない事実。
とにかくそんな感じで不安が心に渦巻きながら、十二日の職場体験の日がだんだんと近付いてきた。
*
その日は朝からよく晴れていて、水彩絵の具で描いたようなきれいな水色の空だった。
集合場所には、制服のクラスメート達の姿。そこに清見さんがいた。今日はポニテール高めようで、ちょっとツンとした感じ。不安が一層つのる。
学年主任の先生がみんなに言う。
「さあ、これからペアの相手と職業体験フェスタのブースを回って行くんだ。一つやり終える毎にスタンプを押してもらう事。午前中が終わるまでに最低、二つのブースで職業体験をする事」
私は清見さんの方を見た。
「どうする?」
「どうせなら、空いてる所の方がいいよね」
意外と柔らかな澄んだ声。
私達は、紙漉き体験という、誰も並んでいないブースで最初の職場体験をした。
ちなみに皆に人気の職業体験は、ゲームプログラマー、ネイリスト、フラワーコーディネーター、スポーツトレーナー等。それでもこの和紙を作るという作業はとても楽しかった。清見さんにとってはそうでもなかったのか、その表情は硬い。というよりちょっと不器用みたいで、常に動作がぎこちなく、木の枠に入った和紙の元になるものをゆすって
でも何とか、ブックカバーと押し花入りの
次に訪れたのは、リハビリテーション療法士のブース。初めに清見さんが病人役で私が運動の指導をする役。そして次は私が病人役で清見さんが手を添え、歩き方を指導する役。
ここで清見さんは、がぜん張り切りだした。
「おじいちゃんが去年脳梗塞を起こして、リハビリ病院に、入院していたの」
「へえ……」
――おじいちゃんっ子なんだ――
それなのに歩行器で歩く私に連れ添う清見さんはここでも不器用で、足がもつれてしまう。悪いけど、思わず吹き出した。ここまでの所、不安は取り越し苦労みたい。
二つの職業体験というノルマをこなした私達はその後お昼までの時間を、みんなが職場体験しているのを見て過ごした。トリマー体験ブースで、マルチーズにドライヤーをかけているのを見たり、声優体験で実際のアテレコをしているのを見て、あれやりたかったねと悔しがったり。
でもお昼が近付くに連れ、私は不安になってきた。清見さんはお昼に私と一緒にお弁当を食べるだろうか、と。それともいつもみたいに何処かへプイと行ってしまうのか。それなら私はクラスの友達を探さなきゃ、と。
やがてお昼を知らせるオルゴールのメロディが鳴り、今から一時間、飲食スペースで昼食を取るようにとの先生の説明。
「どうする? ここで食べようか?」と私。
「うん……」
私がお弁当の袋からプラスチックの入れ物とスープのはいっだ容器を出しても、清見さんは動かない。
「どうしたの? お弁当、忘れた? だったら私の分けるよ。ウチのお母さん、いつもたっくさん詰めるんだよね」
「違うの。持ってきてるんだ」
清見さんは、ピンクの花柄のお弁当入れをリュックから取り出した。
「でも……」
お弁当の蓋を開けると私は思わず二度見した。美味しそうな卵焼きに、ウインナーにケチャップをつけて炒めたのに、ハンバーグにミニトマトにフルーツに……。
でも全部ぐちゃぐちゃだ。詰め方、考えなくちゃー!
「えっと、これって君の手作りだったりして……」
「ううん。ウチのママが作ったの。ウチのママが作ると、なぜかいつもこんな風にぐちゃぐちゃになっちゃうの。でも私、小さい頃からお店で売ってる食べ物を食べると気分が悪くなっちゃうから、ママがずっとお弁当を作ってくれてたの。だけどぐちゃぐちゃなの、いつも」
「もしかして、だからいつもみんなと食べないの?」
清見さんは、コクンとうなずいた。
「ウチのママは女優だし、変な噂が立ったら困るでしょ?」
えっと、変な噂……。週刊誌の見出しを思い浮かべた。でも、過激な見出しが色々と競い合う中で、果たして『佐藤優樹菜の毎朝作る弁当はぐちゃぐちゃだ』なんて見出しが週刊誌のページを飾る日が来るだろうか?
「取り越し苦労だと思うよ」
「でもね、ウチのママ、バッグの中もすぐにぐちゃぐちゃになっちゃうのよ。パパは、ママはそういう性分だから仕方ないって言うの。遠足の時はパパが休みを取ってお料理をきれいにお弁当箱に入れてくれるの。でも吉野さんのお弁当箱はすごく整然として綺麗だったから、気が引けちゃって」
「え! それであの時、別な所に座ったの? 気にする事ないのに。うちのお母さんは昔風の味付けするから、実はあんまり美味しくないんだ。ね、ちょっとだけ交換しながら食べてみない?」
「いいけど……」
私はぐちゃぐちゃの中の卵焼きを「もらい!」と言って、取った。「美味しい! これ、すごく美味しいよ」
そう。ぐちゃぐちゃの卵焼きは甘くてしょっぱくて、何だか清見さんらしい味がした。
「じゃ私ももらうね」と清見さんは、お上品に箸を伸ばし、ひじき煮を一口食べた。「これ、美味しいね。こういう昔風のお料理、私、好きなの。吉野さんのお母さん、きっと料理上手なのね。とてもきれいに盛り付けてあるし」
「盛りつけなんて関係ないよ。お腹の中に入ったら一緒なんだし。美味しいって事が大事なんだよねー」
私はあえてお弁当の中身を引っ掻き回しながら食べた。
「清見さんも、もっと食べよーよ!」
*
その日の夜、部屋で鞄を開けた時、私は清見さんの栞が自分のファイルに紛れている事に気が付いた。
――すごく気に入ってたみたいだから、今頃なくてガッカリしているだろうな。明日、渡さなきゃ――
私は栞を見つめた。クローバーと紫の花びらを閉じ込めた和紙の栞を。そして清見さんの今日の奮闘ぶりを。色々あっても、最終的には、彼女のちょっと歪んだ栞はセンスが良くて、とても可愛い。
最後は成功するタイプなのかも、とちょっと心地よいジェラシーを清見さんに感じたりもした。そしてその栞を封筒に入れて鞄にしまうと、自分の分は手帳の今日のページにしっかりと挟んだ。
―あ、そうだ。書いておかないと―
私は手帳の今日のページに書き込んだ。「職場体験、清見さんとスクランブルお弁当」とだけ。
〈Fin〉
今日のページに挟んだ栞 秋色 @autumn-hue
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