料理のススメ
夏生 夕
第1話
今日も招集がかかり、先輩宅へやって来た。
と言っても同じ社宅だから階段を一階分上がるだけだ。
営業先から直帰できて集合時間には余裕があったため、手土産を買いに一度商店街へ出た。それでもまだ少し早かったが、まぁいいやと向かった次第で。
窓が細く開いている。台所に立つ先輩が見えたから声をかけようと片手を上げた。
が。
直後に、何かを鈍器で殴りつけるような大きな音がした。
「え、なに」
続け様にもう一発、ガンっと振り下ろした。そっと窓に寄ると、とても小さく、でも確実に先輩の声がブツブツと呟いているのも聞こえる。
なに、狂気、こわ。
呆気にとられていると、右肩をぽんっと叩かれた。
「よっ。」
「ああぁあ!!」
「うわ
なんだよ、どうした、こっちがびっくりするわ。
早いじゃん。入んねーの?」
この週末会のもう一人の参加者である先輩が「焼き鳥じゃん、うまそー」と俺の手土産を勝手に覗き込みながらインターホンを鳴らした。
「いや、あの…」
窓のすき間を指さす俺の困惑顔を見た先輩がニヤリとした。
「あー、見た?」
鍵の開く音がして、中から先輩が顔を出す。
「人の家の前で何騒いでるんだよ。」
「あ、すみませ、」
「ごめんて、お邪魔しまーす。」
俺をおいて先輩はさっさと上がりこんでしまった。
置いてかないでください。
手伝いに台所へ立つと、原型を無くしたじゃがいもがボウルに盛られていた。
「あぁ、ポテサラに。」
さっき俺が見たのは、これを派手に潰していたところらしかった。
「こいつね、さっきお前が料理してるとこ見たんだって。すげビビってたわ。」
居間に座るなりビールを開けた先輩がこちらを振り返った。
「そうだったのか。ごめん、変なとこ見せたな。
いやー、はずかしいな。」
そう言って歯を見せた先輩の明るい表情に安心した。
「まじで何してんのかと思いましたよ。」
「今日はまた、会議中にえらくしごかれてたもんなぁ。」
人数分の箸とグラスを持って居間に入ると、缶を傾けながら先輩が手招きした。わざとらしく耳打ちするような仕草をする。
「あいつね、課長にウザ絡みされたときにああやって料理すんの。あいつだけやたら強く当たられてるだろ。溜め込んだときは、食材を課長の頭に見立てて潰してぐっちゃぐちゃにして発散してんだって。」
「えぇー…」
「おい勝手に話すなよ。俺がやばいやつみたいだろ。」
そう言って先輩の運んできた大皿にはポテサラが大量に盛り付けられている。
そういえば今までここで食べたのはハンバーグだったりコロッケだったり、潰して混ぜ込む工程のある料理ばかりだ。
「いいだろ、別に。だってなぁ?黙っててくれるよな!」
当然である。
「言えないでしょうよ、こんなの!」
「だってお前は案外と気に入られてるだろ、課長に。」
「そうですかね?」
「まぁ作る過程で多少は私怨がこめられてるけど、どんどん食ってくれ。また作りすぎた。」
「そんな話されてバクバク食えないんですけど。」
「でもこの方が美味いだろ、実際。一石二鳥なんだぞ。」
おすすめだけどなぁと声を立てて笑う先輩は、なるほど確かにスッキリした顔をしていた。
月曜日。なんだか課長の様子がおかしい。
普段なら朝一の会議の後にその資料や内容について先輩を呼び出してぐちゃぐちゃ文句を言うのに、大人しい。その後も避けているようだった。
たまたま課長と食堂で顔を合わせた時に少し話を聞いてみたら、まさか過ぎる理由に笑いを堪えるのが大変だった。
「先輩、あれ効果あったかもしれないですよ。」
「" あれ "?」
コーヒーを淹れていた先輩に駆け寄って、さっき聞いた内容を話した。
「課長、この週末ね、先輩に殴りつけられる夢をずっと見続けてたんですって。
『あいつならやりかねないだろ?』とか冗談めかして言ってたけど、結構堪えてるっぽいですよ。」
その時の課長の青い顔を思い出してまた笑ってしまった。
そんな俺を見て先輩は口元だけ笑って見せた。
「次にまた同じこと言ってたら伝えといてくれよ。
『本当にならないといいですね』って。」
今度は乾いた笑い声を残して、デスクに戻っていった。
冗談ですよね?と聞きたかったのに、声が出なかった。
そんなん、言える訳ないでしょうよ。
料理のススメ 夏生 夕 @KNA
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