入試

香久山 ゆみ

入試

「残り五分です」

 会場に試験官の声が響く。まだ手を付けていない問題が残っている。答案用紙を引いた拍子に消しゴムを落とす。コロコロ転がっていく。若い試験官は気付いていないし、手を上げて拾ってもらうにしても、小さな消しゴムの行方を探すうちに試験時間は終わってしまうだろう。筆記用具を余分に持っていけと助言してくれるような家族がいないことを恨むも、自己責任だ。諦めて問題に掛かる。妙に焦って頭が回らない。先の面接では少々失敗したから、筆記試験で挽回せねばならないのに。

 よもやこの齢になって入試を受けねばならぬとは考えてもみなかった。自業自得といえばそうなのだが、もっと真面目に政治に関心を寄せていればよかった。いや、そうしたところで変わらなかったろうか。老人ホームに入るために入居試験を受ける時代がくるとは、思いもしなかった。それだけ少子高齢化の逆ピラミッドは鋭角を増した。身寄りのない独居老人としてはなんとしても入居を決めたいし、できれば力のある若い職員のいる施設がいい。今回を逃せば、次はいつ空きが出るかも分からない。

「残り一分です」

 まだ苦悩とは無縁であろう、七十くらいの試験官が声を張った。

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入試 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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