僕の近道で音がする

縁代まと

僕の近道で音がする

 ――二日くらい前からだ。


 仕事の帰り道。

 ラーメン屋の換気扇から吐き出される生温い風をくぐり、路地裏を進む。

 周辺の開発が進む前からそこに居るのであろう地蔵が目印だ。その脇を通り抜けて石階段を下り、しばらく足を進めると雑居ビルのたむろした場所に出る。

 そこから三分ほど歩くと最寄り駅につくのだ。

 僕が入社二年目で見つけた近道だった。

 その道すがら妙な音が聞こえるようになったのは最近のこと。


 そう、二日くらい前だ。


 ぐちゃぐちゃと水気を帯びた音、それが定期的に何度も聞こえてくる。

 何が音を立てているのだろうか?

 水気のあるものが落下し四散している様子を想像してしまい背筋が冷えたが、僕は自分の好奇心に打ち勝つことが出来なかった。

 何かが落ちているとして、音が一つでも一度でもないのは何故だ。

 昨晩はそう考えすぎて眠れなかった。


 音の原因を探して階段下の道を進み、背の高いビルの敷地内から響いてくるのを確認する。今は使われていないビルらしい。フェンスはあったが出入口に施錠はされていなかった。

 悪いことをしている。

 わかっていても足が止まらない。

 敷地内へ入った僕は程なくして音の出どころを目にして固まった。


 屋上から人間が何度も飛び降りている。


 自殺者の霊が知らず知らずのうちに死に際の行動を繰り返す、そんな怪奇現象かと思ったが――そうであってほしかった、と次の瞬間には思っていた。


 老若男女様々な生身の人間。

 それが同じ場所目掛けて投身自殺しているのだ。

 そうして落ちた先で先駆者に激突し、複数の音が鳴る。

 同じことを何度も何度も繰り返したせいで地面は体液まみれでぐちゃぐちゃだ。


 ほら、そうしている間に目の前でまたもう一人。


 僕は吐き気を抑えて通報したが、なんとなくこれで終わる気がしなかった。



 音の聞こえた期間は二日ほど。

 積み重なった死者は十五名だけ。


 ――あれは、僕が通る時だけ飛び降りていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の近道で音がする 縁代まと @enishiromato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画