第3話 俺だけずっと片思い

俺は姉の海が好きだ。だけど、姉弟だから、付き合うなんてことは叶わない。


夜ご飯が、俺の作ったオムライスだったあの日から、姉ちゃんとは少し距離を置くようになった。

朝、学校に行く時もバラバラの時間に出るようになり、放課後、姉ちゃんの委員会が終わるまで校門で待つことも無くなった。

元々俺は、あまり仕事がない学習委員会に所属しているから、放課後の集まりなんてものはない。竜聖は体育委員に所属していて、来月のクラスマッチに向けて、最近は集まりがあるそうだ。だから、海と竜聖は未だに二人で帰ってきてるらしい。

好きという感情があるはずなのに、嫉妬心がなくなったのか、俺はもぬけの殻と化した。

「姉ちゃん······」

俺は部屋のベッドにうつ伏せになって、独りそう呟いた。

朝、昼、夜ご飯の時は一緒に食べるには食べるけど、会話は一切交わさなくなった。悲しいのか、ちょっと安堵してるのかは分からない。

ふと、ノックが三回鳴った。

「零?帰ってきてるの?」

母さんの声だ。今日は珍しく仕事が早く終わったんだろう。

「帰ってきてるよ。何?」

少し不機嫌な俺の声。母さんは多分驚いている。

「海はどうしたの?今日は一緒じゃないの?」

最近も、俺と姉ちゃんの両方が帰ってきたあとに家に帰ってきていた母さんだから、俺たちがバラバラに帰ってきてることを知らない。だから俺にそう聞くんだ。

「委員会が遅くなるから、先に帰れって」

「本当に?」

「うん······」

「そう。珍しいこともあるのね」

母さんがそう言ったあと、玄関からガチャッと音がした。多分、姉ちゃんが帰ってきたんだろう。

それを合図に俺は、布団を頭まで被った。

母さんが階段を下りて、姉ちゃんが『ただいまー!』と元気に言う声と、母さんが帰ってきてることに驚く声の二種類が聞こえた。

その日俺は、姉ちゃんと会いたくなくて、一度もリビングに顔を出さなかった。


***


俺は、姉ちゃんのことを本当に好きなのかが、分からなくなってきた。

「ねえ、零。竜聖くんの好きな物って何か分かる?」

「竜聖は······映画と、洋菓子が好きだよ」

「映画かぁ······。私も何か観てみよっかな」

最近、いつものように姉ちゃんの口から竜聖の話題が出てくる。前まではこんなことは全くなくて、俺もあまり状況を整理出来ていない。

ただ一つだけ分かるのは、姉ちゃんは絶対に竜聖のことが好きなんだということ。

当の本人である竜聖も、この間俺に謝りながら、『俺、海さんが好きかもしれない······』と言ってきた。

心臓が引きちぎれそうだ。

「なんで、こうなるんだよ······!」

こうやって怒りという感情があるなら、俺はまだ姉ちゃんが好きなんだな。と思う。

けど、大好きな姉ちゃんと、一番信頼している幼馴染みの幸せを途切れさせたくは無いとも思う。

そんな俺は、結構なお人好しだ。

「零!私ちょっと、竜聖くんと会ってくるね!」

「······は?」

「ついさっき、竜聖くんから『会いませんか?』って連絡が来たの。だから、ちょっとだけだけど、行ってくる」

「姉、ちゃんは······」

「ん?」

「······なんでもない」

「えー?なになに?気になるじゃん」

「なんでもねぇって。早く行ってくれば?竜聖待ってんだろ?」

「え?あ、うん······。じゃあ、行ってきます」

姉ちゃんを竜聖に取られるという悔しさが、言葉として外に出てしまった。

不機嫌さを物語る俺のいつも以上に低い声は、全て姉ちゃんに向けられた。

『姉ちゃんは、竜聖が好きなのか?』

聞きたくても聞けない疑問。でも、好きなんだって分かる。

竜聖の話をしてる時の姉ちゃんは、俺と話してる時よりもめちゃくちゃ笑顔で、声が高くて、おまけに顔も赤い。

そんなわかりやすい態度だったら、鈍感な人でも察すると思う。



姉ちゃんが竜聖に会いに行ったのが夕方の五時、俺が部屋にこもったのが夕方の五時半、母さんが帰ってきたのが六時半、姉ちゃんが帰ってきたのが七時半。

そして──姉ちゃんから連絡が来たのが同じく七時半。


『竜聖くんと付き合うことになった!』

という、惚気報告だった。

俺に対する嫌味なんだろうか、と思えるほどにイラついた。と同時に、俺は多分嬉しかった。

もう俺を縛るものは無い。この苦しい恋心から解放されるという嬉しさが、俺の中にはあった。

その翌日、学校で竜聖からも報告された。

血が繋がった姉の海のことを、一人の女性として好きだった俺は、報告があった日から”姉弟”として見るようになった。



俺の初恋は、人生で一番長い片思いだった。




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姉弟だから なゆた @YueshiroNagi

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