第2話 Chance
少しの気まずさから珍しく学校に行って、そのまま制服で店に来たときだった。
「お、兄ちゃんって
「これ以上サービスしようと思ったら大盛が入るデカイ丼から買ってこないといけないっすよ」
笑って答えると、常連の大学生は同じように笑ってビールのおかわりを注文する。
ブレザーを脱いでシャツの腕をまくってエプロンをつけると、正司はすぐに戻って厨房に入った。ビールを持っていくと、さっきの大学生が正司の顔をじっと見る。
「お前、ちゃんと学校行ってるか?」
「え、なんでですか?」
「いつもバイトにきてるじゃんか。噂のM組に入れられたりしてな」
「M組?」
クラス分けのことだろうか、と一瞬考えたが、正司の学年はF組までしかない。正司が不思議そうな顔をしていると、その大学生は少し声をひそめて教えてくれた。
「毎年一月くらいになるとな、卒業が厳しいやつのところに手紙が届くんだ。そんで三年M組に編入させられるんだよ。
そこでは地獄のような試験が課されるんだけど、乗り越えたら今までの成績や出席日数に関係なく卒業できるらしいんだよ」
「そんなので本当にちゃんと卒業できるんですか?」
「できるわけないだろ。噂っていうかアレだよ。学校の七不思議的なやつ」
「なんだ、ちょっと期待しちゃいましたよ」
「やっぱり学校行ってないな。ちゃんと勉強もしろよー」
OBの大学生は笑って受けとったビールを一気に半分あおる。そのまま友人との話に戻っていった彼からは話の続きは聞けなさそうだった。
「本当にそんな制度があれば、死ぬ気で試験に合格するために頑張るのにな」
正司は皿洗いをしながらそうつぶやく。今のままの出席状況と試験結果では卒業できる気はしなかった。
正月休みも終わり、いよいよ高校生活も残りを数えるほどになった頃だった。アルバイトを終えて家に帰ると、正司は玄関のポストに口から半分はみ出た封筒が入っているのを見つけた。
いつもなら帰ってきた父親が確認して家の中に持って帰るルールになっている。
「珍しいな、夜に郵便でも来たのか?」
疑問に思いながら手に取ると、切手も消印もついていない。宛名はなかったが、封筒の裏には紅ヶ谷高校とある。
「もしかしてマジで退学通知でも来たのかよ」
焦った正司は、カバンの中に封筒を隠すと、両親へのあいさつもそこそこに部屋に逃げ込んで慎重に封を切った。
中には薄赤色の紙が一枚入っているだけだった。
ゆっくりと折り畳まれた紙を開いて、中を確認する。
『貴殿を三年M組への編入を命じる。M組生は二月一日にC棟多目的教室に出席すること。なお、出席のない場合は当校を退学処分とし、貴殿の秘密は公に暴露される』
「本当に、噂のM組は本当にあるんだ……」
秘密が知られる、なんていうことは正司には些細なことだった。思いつく秘密なんてカレーをぐちゃぐちゃに混ぜてから食べることくらいで、人に知られたところで気持ち悪がられるくらいだ。
それよりもM組の厳しい試験に合格すれば、一発逆転で卒業までできる。そうなったら親父さんに胸を張って弟子入りできるのだ。
「よし、俺はやるぞ!」
気合を入れる。来たる二月一日は高校生活最大の勝負だと、正司は珍しく机に向かって勉強を始めた。
そして、決戦の日。親父さんに頼んで一週間アルバイトも休ませてもらって勉強した正司は手紙で言われた通り、C棟の多目的教室に向かった。三年生は自由登校であまり来ていないこともあってやけに静かで、間違って別の学校に来てしまったような気さえする。
目的の教室にはまだ誰もいなかった。自分みたいな不真面目な生徒なんて他にはいなかったのかもしれない。適当に後ろの方の席に座って、正司は誰かが来るのを待つことにした。
昨日も夜遅くまで勉強したせいでうとうととしてしまう。アルバイトなら何時間でも頑張れるのに不思議だった。
机に突っ伏して目を閉じる。数分ほど経っただろうか。人の気配に気がついて正司は顔を上げた。
「あ、M組の人?」
薄暗い教室で机の前に立っている人を見上げる。目の前に立っていたのは、不気味なフェイスマスクをかぶった男だった。無言の男が振り上げていたバットが正司の頭に振り下ろされる。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな衝撃を受けて、正司の意識は遠のいていった。
混ぜて食べる~僕たちが高校を卒業できない理由~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka
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