混ぜて食べる~僕たちが高校を卒業できない理由~

神坂 理樹人

第1話 combine

 柳正司やなぎまさしが自分が周囲と違うと初めて知ったのは、幼稚園の給食でカレーライスが出たときだった。


 周囲がルーとごはんを少しずつ混ぜながら食べているなかで、正司は皿の上でルーとごはんをぐちゃぐちゃになるまで混ぜてから食べ始めた。


「まさしくんきたなーい」

「きもちわるーい」

「へんだよー」


 周りの友人たちからそう言われても正司には何がおかしいのかわからなかった。全部混ぜてどこを食べても同じ味にしてから食べれば最初から最後まで変わらずおいしいままで食べられる。そうとしか思っていなかった。


 ごはんでもパスタでもソースと絡める食べ物はなんでも混ぜる。皿の上が汚れてもお構いなしにしっかりと混ぜてぐちゃぐちゃにしてから食べたい。それが正司の食事への流儀だった。


 そんな正司が自分の理想の食べ物に出会ったのは中学三年生の時だった。

 家族で行った焼肉店での話だ。今まで大好物だったユッケが食中毒事件で食べられなくなった正司は、メニュー表で新境地を開拓すべく食べたことのない料理に挑戦した。


 それがビビンバだった。大きな丼にごはんと様々な具材が乗ったその料理は今まで禁忌タブーとされてきた混ぜて食べることが許されていた。


 スプーンを丼の中心に突き立てて思いのままにかき混ぜる。今までそんなことをすれば周囲から白い目で見られていた。でもこの料理だけはどれほどぐちゃぐちゃにしても誰も非難しなかった。


 ごま油の香りがする具材と混ざったごはんをかきこみながら、正司は人生で最高の出会いをした気分だった。


***


 高校生になった正司は大学近くの料理屋でアルバイトを始めた。


 きれいな白髪を短く切り揃え、まぶたのしわがれた目をきりりと鋭くこらしている店主の店だった。


「親父さん、おはようございます」

「おう、マー坊。元気にしてっか。今日もよろしくなぁ」


 老後の趣味が高じて始めたという店は、狭い店内に置けるだけの座席を置いている。昼食時や夕食時には大学生でごった返す店内は腕がぴったりとくっつくくらいに満席になる。


 大学生を相手にしていることもあって、メニューは学生が好きそうなラーメン、牛丼、カレーなんでもありで、そのすべてが山盛りな上に値段も信じられないくらい安い。


 その中で少し異質なメニューが石焼ビビンバだった。


 親父さんが唯一きちんと修業をした、というそれは正司が考える理想のビビンバだった。混ぜて食べられるのはもちろんだが、丼の限界まで盛られたナムルときゅうりやきくらげ、そして肉汁を閉じ込めたピリ辛の肉そぼろ。


 ふっくらとしたごはんとの割合も絶妙で、丼の底にできたおこげの香ばしい香りを楽しんでいるとすぐになくなってしまうのに腹いっぱいの満足感がある。


 これを自分でも作りたい。自分の最高のぐちゃぐちゃを極めたい。

 正司は勉強もそっちのけでバイトばかりしていて、親父さんも心配するほどだった。


「おう、マー坊。そろそろ卒業だろ。来年はどうするんだ?」


 そう言われて正司はどきりとした。卒業、という言葉は正司には耳が痛かった。料理の勉強がしたくてだんだんと学校をサボりがちになっている。家でレシピの研究をすることもあれば、有名店に出かけていって実際に料理を食べてノートにまとめることもある。


 留年か退学という文字もちらついていたが、正司は退学通知もなければ無事に三年生まで進学していた。退学になったなんて両親にバレたらどんなことになるかわからない。何もないまま運よく卒業できたら、親父さんに正式に弟子にしてもらえるように頼むつもりだ。


「大丈夫っすよ。卒業したら、親父さんに最初に言いますから」

「ばっきゃろう。最初はここまで育ててくれたご両親に言うんだよ。俺はその後ゆっくり教えてくれや」


 親父さんは豪快に笑う。その顔を見ると、正司は本当のことなんて絶対に言えないと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る